岸田文雄首相が9月の自民党総裁選に出馬しない判断を明らかにしたため、2021年10月から約3年に及んだ岸田政権は幕を閉じる。この間、政権が実施した経済・労働分野の関連政策を見渡すと、「『デフレ脱却』の道筋は付けたが、完全な成就を見ないままの退陣」と評論できる。(報道局)
岸田政権は発足当初、目指すべき針路として「新しい資本主義」を掲げた。骨子は「構造的賃上げの実現と分厚い中間層の形成」「国内投資の活性化」「デジタル社会への移行」「こども・子育て政策」などで、とりわけ「賃金と物価の好循環」はデフレ脱却に向けた象徴として注目された。
しかし、「好循環」が目に見える形で現れたとは言えない。実質GDP(国内総生産)では21年度が3.1%、22年度が1.6%、23年度が0.8%と伸び率は低下傾向をたどった。21年度はコロナ襲来による20年度のマイナス3.9%の反動増に過ぎず、政権発足時は新型コロナの第7~8波のピーク時で死者数も多く、経済活動はまだ実質的な"休業"状態だった。
加えて、22年2月に勃発したロシアのウクライナ侵攻によって、エネルギー価格が国際的に高騰し、日本の輸入物価の急上昇につながった。これが同年4月以降はエネルギー以外の原材料価格にも広範囲に波及し、消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)はそれまでの0%台から2~3%に急騰、23年1月には4.2%にまで跳ね上がった。その後は3%台~2%台と沈静化しているものの、政府・日銀が金利政策変更の目安にしてきた「2%台」が現在まで続いている。
この間の労働者の賃金はどうだったか。連合によると、春闘の平均賃上げ率は22年度の2.07%から23年度は3.58%、24年度は5.10%と2年連続の大幅賃上げを実現。これには前政権と同様に、岸田首相も「大幅賃上げ」を経団連などに強く要請したことが一定の効果をもたらしたとみられる。さらに、賃金の底上げを図る最低賃金(最賃)についても大幅引き上げを主導し、21、22年度の3%台から23年度は4.5%(43円)アップで初の1000円台に乗せ、24年度も5.0%(50円)へとさらにアップ率を高めた。デフレ経済にどっぷり浸かり、人件費の抑制しか頭になかった企業にとっては、この2年の賃上げも最賃も大きな負担になるが、デフレ脱却の旗振り効果は確かにあった。
ただ、それでも国民生活のレベルダウンは避けられず、名目賃金から物価上昇分を差し引いた実質賃金はロシアのウクライナ侵攻から実に26カ月という長期間にわたってマイナスが続いた。コロナ禍、ウクライナと大きな外部要件があったとはいえ、アベノミクスの負の遺産を払しょくできず、在任期間中は実質賃金のマイナスがほぼ続いたという事実は、国民の評価を下げるには十分だった。
それでも、24年4~6月期の実質GDP(速報)は年率換算で3.1%増と伸びた。自動車生産の回復という特殊要因のためだが、詳細を見ると実質雇用者報酬が前年同期比0.8%増と、11四半期ぶりのプラスとなり、名目GDPも608兆円と初めて600兆円台に乗せるなど、明るい材料も見えた。経済の流れがデフレ脱却に向けて着実に進んでいることをうかがわせる。
さらに、アベノミクスの「負の遺産」となっていた超低金利の是正も進め、日銀は7月末に政策金利の0.25%引き上げを決めた。政府・日銀は以前から、利上げは「2%程度の物価上昇が続いている時期」としてきたことから、利上げが遅過ぎたとの批判もあるが、前政権時代にはマイナス金利さえ導入してデフレ脱却を図ったものの、結局は失敗して円安などの副作用の方が強まったたことを考慮すれば、「金利のある世界」に一歩踏み出した点は大いに評価できる。
労働関連法改正は"小粒"に終始
一方、労働関連法についてはいくつか、制度を前進させる法改正を実施した。前政権からの引き継ぎとして、パワハラ防止法や女性活躍推進法の中小企業への適用拡大、男性版育休の導入などを22年に施行。労働市場基盤整備の一環として、雇用仲介サービスの事業法となる職業安定法の改正も実施した。また、23年にはフリーランス新法が成立。加えて、パート労働者らの加入拡大を図る雇用保険法の改正、仕事と育児の両立を支援する育児・介護休業法なども改正。外国人労働者の技能実習制度に代わる「育成就労」制度を新設した出入国管理法の改正などにも踏み切った。
どの法改正も、人手不足が急ピッチで進む日本の労働市場にとっては必要な内容だが、...
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