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2023年7月17日

職場のトラブル解決へ、活用進む労働局の「紛争解決援助制度」

相談件数"高止まり"、15年連続で100万件超

 職場のトラブル解決を労働局が支援する「紛争解決援助制度」の利用者が増えている。7種類ある紛争解決援助制度のうち、厚生労働省は6月末、個別労働関係紛争解決促進法に基づき2022年度の施行状況を公表した。相談は124万8368件(前年度比0.5%増)、1日平均約5200件にも上る。労働局は、相談内容によって事業主に助言・指導を行うこともあり、企業にとっては大きなリスクとなる。紛争解決援助制度の利用状況を把握し、労務トラブルの未然防止につなげることが必要だ。(特定社会保険労務士 安田武晴)

 労働局による紛争解決援助は、①個別労働関係紛争解決促進法②男女雇用機会均等法③労働施策総合推進法④パートタイム・有期雇用労働法⑤育児・介護休業法⑥労働者派遣法⑦障害者雇用促進法――の7法を踏まえ、それぞれ制度化されている。どの制度も、労働者だけでなく企業からの相談にも対応し、無料で利用できる。

 7種類のうち最も利用されているのが、①の個別労働関係紛争解決促進法に基づく制度で、②~⑦の各法に関する以外のトラブル全般について全国379か所の「総合労働相談コーナー」で応じる。2~3時間かけてじっくり話を聴くケースもあるそうで、労働トラブルの身近な駆け込み寺となっている。相談件数は、15年連続で100万件を超えている。22年度の相談件数124万8368件の内訳(重複計上あり)は、「法制度の問い合わせ」86万1096件、「労働基準法など法違反の疑い」18万8515件、「民事上の個別労働紛争」27万2185件だった。

 「法制度の問い合わせ」の中には、法令についての単純な問い合わせもあるが、関東地方の総合労働相談コーナーの相談員は、「賃金、時間外労働、年次有給休暇、解雇、雇い止めなどについて、勤務先の対応に不満を持つ労働者が法令の細かい点について質問してくるケースが多い」と話す。「労働基準法など法違反の疑い」は賃金未払い、最低賃金違反、違法な時間外労働などで、総合労働相談コーナーから労働基準監督署へ取り次ぎが行われる。悪質な法令違反があれば、上司などが刑事罰を科される事態にもなりかねない。

 「民事上の個別労働紛争」については、内容別の内訳が公表されている。22年度は、「いじめ・嫌がらせ」が6万9932件、「自己都合退職」4万2694件、「解雇」3万1872件、「労働条件の引き下げ」2万8287件、「退職勧奨」2万4178件などとなっている。まさに、労使トラブルのタネの宝庫であり、企業が労務管理上注意すべきポイントと言える。

民事上の個別労働紛争 相談内容別の件数

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※厚生労働省の資料より。「内訳延べ相談件数」は、1回の相談で複数の内容にまたがる場合に、すべての相談内容を件数として計上したもの。

派遣労働者を巡って解決金に至る事態も

 「民事上の個別労働紛争」は、労働局長による助言・指導や、労働局の紛争調整委員会によるあっせんに発展する場合がある。22年度は、助言・指導が7979件、あっせんが3428件だった。

 助言・指導の例として、同僚からいじめや嫌がらせを受けた正社員のケースでは、事業主に対して労働者の安全に配慮する義務や、パワーハラスメント防止措置義務が企業に課されていることを説明し、話し合いによる解決を図るよう助言した。また、事業主から解雇を言い渡された正社員のケースでは、事業主に対し、労働者を解雇する場合には、30日以上前の解雇予告か、解雇予告手当の支払いが必要であることや、客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が認められなければ解雇は無効となることを説明。解雇の撤回に向けて正社員と話し合うよう助言した。

 あっせんでは、最終的に企業が解決金を支払う事態に至った事例も多い。長時間労働や契約外業務の強要、同僚からの嫌がらせを受けた派遣労働者が、何度も上司に相談したが改善されず、うつ病で休業し、派遣元を退職したケースで、派遣労働者は、休業により生じた損害に対する賠償金として300万円を求め、あっせんを申請。あっせん委員が事業主の主張を聴いたところ、派遣労働者が月100時間を超える時間外・休日労働を行ったことや、仕事の影響でうつ病を発症し退職した事実を認めた。最終的に、あっせん委員が調整し、解決金として150万円を派遣労働者に支払うことで合意した。

 このほか、22年度に相談件数が大幅に増えたのは、労働施策総合推進法と育児・介護休業法に基づく紛争解決援助制度だ。労働施策総合推進法で、22年4月から中小企業にもパワハラ防止措置が義務付けられたことを受け、22年度の相談件数は、前年度の2倍以上の5万840件に上った。内容別では、「パワハラ防止措置」に関する相談が4万4568件と大半を占め、「パワハラ相談を理由とした不利益取り扱い」も1581件あった。このうち、同法違反があった2546件で是正指導を行った。

 育児・介護休業法も、産後パパ育休(出生時育児休業)創設など22年度に改正が相次いだことから、同年度の相談件数が11万5006件(前年度比35.2%増)となった。育児関係の相談が9万4443件(82.1%)、介護関係の相談が1万5483件(13.5%)だった。育児関係では、「育児休業」が7万868件、「育児休業以外(子の看護休暇、所定労働時間の短縮の措置等など)」が1万3805件、「育児休業にかかる不利益取り扱い」が5116件。介護関係では、「介護休業」が7998件、「介護休業以外(介護休暇、所定労働時間の短縮の措置等など)」が5892件、「介護休業等に関するハラスメントの防止措置」が896件だった。同法違反があった1万4791件で是正指導を行った。

リスク認識して企業は労使トラブルの未然防止を

 これらの紛争解決援助制度による相談は、労働局や総合労働相談コーナーの開庁時間内にしか受け付けてもらえないが、厚労省は、閉庁時間帯にも相談に応じる体制を整えている。「労働条件相談ほっとライン」という民間委託事業で、平日の午後5時から午後10時まで、土日祝日の午前9時から午後9時まで電話による無料相談を行っている。日本語以外の13の外国語による相談にも対応。回答は、法令や裁判例をふまえた一般的な内容にとどまるが、希望者には必ず、労働局や労基署などの行政窓口を紹介し、開庁時間帯に改めて相談するよう説明する。

 筆者も約2年間、同ほっとラインの相談員を務めたが、実に多くの労働者が、長時間労働や賃金不払い、ハラスメント被害などに困っていることを知った。泣きながら電話をしてくる深刻なケースや、勤務先への不信感を募らせて、「会社にひと泡吹かせてやりたい」と訴訟を真剣に考えているケースにも遭遇した。

 労使トラブルについて労働者が行政機関に訴えるハードルは、確実に下がっている。法令違反や民事的トラブルは、容易に労働局などに知られる。企業はそのリスクを十分に認識し、社内の相談体制を整えるなど、労使トラブルの未然防止に努めなければならない。

(了)


安田武晴(やすだ・たけはる)1969年、東京生まれ。94年に読売新聞東京本社に入社し、記者として25年間活動。主に、介護や障害者福祉、社会保険の分野を取材。2013年に社会保険労務士国家試験に合格。20年に同社退社後、社会保険労務士事務所オフィスオメガを設立。中小企業の労務管理、助成金事務代行、介護事業所や障害者支援事業所の処遇改善加算取得支援などを行っている。20~22年には厚生労働省委託の労働相談事業にもかかわった。


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