新型コロナウイルスの感染拡大が、世界中の雇用に甚大な影響を与えている。テレワークをはじめ、企業は手探りでウィズコロナ時代の環境整備に追われ、労働者も働き方の「ニューノーマル」を求めながら戸惑いの中にある。コロナ禍であらためて注目が集まる「雇用と労働」。世界60カ所に拠点を置き、人材の動向にグローバルの知見を有するアデコグループ・ジャパンの川崎健一郎代表に、コロナ禍で変わる働き方や未来を切り開くための取り組みを聞いた。(大野博司、1月18日・オンライン取材)
――新型コロナの襲来から1年、「働く」を取り巻く世界と日本の変化は。
川崎 昨春の欧州諸国や米国のロックダウン(都市封鎖)は、日本の緊急事態宣言に比べて罰則が伴う厳格な外出禁止令とあって、観光業や飲食業などはほぼ稼働できなくなりました。テレワーク勤務が向いていないエッセンシャルワーカーを中心に仕事を失う人がみられたほか、工場など製造系の現場もストップしました。
日本では昨年4月に最初の緊急事態宣言が発令されましたが、我々は主にホワイトカラーのマーケットで事業を展開していたこともあり、影響は比較的軽微だったと思います。夏場以降は、「公共交通機関を使うよりも車で移動したい」というコロナ対策の需要が増して自動車産業が予想を上回るペースで稼働したほか、自宅で過ごす「巣ごもり需要」に関連する商材とそれを届ける物流周りが活発化しました。この流れは世界共通です。
――エンジニアの領域への影響は。
川崎 過去5年間の好調ぶりと比べると鈍化したと言わざるを得ませんが、コロナ禍前に7、8倍だった求人倍率が5倍程度に落ちたという状況であり、エンジニアの引き合いは強いです。各企業の研究開発投資を見ても、コロナ禍を受けて大幅に減らした会社は少数です。目の前の生産を調整するという事はあっても、研究開発を止めるという判断をした経営者はほとんどいないと思います。
――日本国内ではテレワークの導入が急がれている。
川崎 テレワークを織り交ぜた働き方やジョブ型の人事制度の進展は、コロナ禍によって5年前倒しになった印象があります。アデコグループが社員のテレワーク導入が早かった最大の理由は、2017年から始めた「Future WOW(Future Way of Work)」というプロジェクトのもとに、在宅勤務をはじめとするテレワークを積極的に推進してきたからです。どこからでも働けるように社内のインフラ、電話、Wi-Fi環境、基幹システムを含めて先行投資で改善を重ねていました。コロナとは関係なく、近い将来にスタンダードになると予測して取り組んでいたのです。
全社員のリモートワークが労働時間の3割程度まで近づいたところでコロナに見舞われましたが、環境が整っていたこともあり、緊急事態宣言中は90%を超えて実践しています。この動きは、社員の働きがいにも良い効果を生みました。毎年、第三者機関を通じて計測している「働きがい」の調査で、前年に比べて「働きがい」の満足度が大きく上昇しました。圧倒的な速さでテレワークを徹底し、必要な支援や教育を展開し続けたので、社員からすると「こうした状況に雇用を維持して働く環境を整える会社」であることに安心感が増したのでしょう。
――派遣社員のテレワーク導入も早かった。
川崎 内勤社員がすでに実践していたので、コロナ禍でも、内勤のテレワーク整備と派遣社員のテレワーク整備にタイムラグはありませんでした。アデコが最初の緊急事態宣言下で提供を始めた「テレワーク派遣」では、リモートワークをするためのセキュリティも含めたパソコンやWi-Fiなど、派遣社員もテレワークが出来るような環境をいち早く提案することができました。
「社会変革企業」を目指す
――「キャリア開発」を軸とした2016年から5カ年の中期計画が終了し、2021年に入った。新たな中計の狙いは。
川崎 アデコグループ全体の経営理念は「Making the future work for everyone(すべての人たちのためになる未来を作る)」です。これを踏まえつつアデコグループ・ジャパンでは、2021年から5カ年の中期計画で「社会変革企業になる」を旗印に掲げました。これまでは「人財サービス」として、働くことに関連する社会貢献を推進してきました。私たちだけの力ではありませんが、「キャリア開発」はさまざまな法改正の中でも義務化もされ、スキルアップや学び直しも広がるなど、一定の成果を出したと思います。そのうえで、2030年やその先の世界を考えたときに、アデコはどういう存在であるべきなのかを考えました。
単に企業と働く人のベストマッチをスピーディに整える、というサービスのままでは、社会が直面している課題解決に貢献できません。3大課題と言われる「少子高齢化」「人口減少」「デジタルの遅れ」を解決するには、働く一人ひとりの生産性を飛躍的に高めることが必要であり、私たちはそこに注力して社会変革企業を目指そうと決めました。
では、何をもって社会を変えるのか。それは「人財の躍動化」です。一般的に「流動化」というキーワードがありますが、果たして労働力が流れていくだけで良いのか。それだけでは先ほど挙げた3大課題は解決できないと思います。やりがいを持ってスキルアップしていく「躍動」がなければ未来は拓けない。働く人たちが持てる力を最大限発揮できるように、流動ではなく躍動させる。この変化に傾注することが、2025年までに目指すビジョンです。
――政府は「業種・地域・職種を超えた再就職の促進」を掲げ、通年採用による中途採用の動きを活発化させている。
川崎 政府の方針に賛同します。従来のメンバーシップ型のモデルで日本がずっと競争力を保ち続けられるのであれば、それを維持すればよいと思います。ただ、現実は低い生産性から脱却できず、日本の国際競争力も残念ながら下がり続けています。
イノベーションが起きるのは知と知の融合です。異なる場所に存在する知識と知識がうまく重なり合う時に初めてイノベーションが起きると言われています。そういう意味では、政府が掲げる職種や業種を超えた人の入れ替わりはプラスの効果を生むでしょう。
――人材サービスは変革を迎え、競争と淘汰も加速する。アデコグループ・ジャパンの進路をどう描く。
川崎 中計に掲げた通り、我々は「人財躍動化」で社会を変える、社会変革企業でありたいと思います。そして、社会課題の解決を指標上で表しているSDGsの目標に対しても、我々はしっかりと実践していきます。
人財の躍動化を実現するために、アデコグループは教育の提供も積極的に展開します。2025年までに30万人の人たちにスキルアップや学び直しを中心とした教育を提供する計画です。派遣社員や内勤社員だけでなく、これから出会うであろう求職者の方や、クライアント企業の社員も含めて考えています。
資源を持たない日本では人こそが財産そのものなので、人に向き合っている人財サービス会社が担う役割と言うのは極めて大きいと思います。我々は社会的な課題の解決を通じて社会に貢献していこうと決意しています。
(おわり)
川崎 健一郎氏(かわさき・けんいちろう)1976年、東京都出身。99年3月、青山学院大学理工学部卒、同年4月にベンチャーセーフネット(現VSN)入社。IT事業部長、常務、専務などを経て2010年3月より社長兼CEO。12年3月にアデコ取締役を兼任、14年6月からアデコグループ・ジャパン代表。
アデコグループ スイスに本部を置き、60の国と地域に約3万4000人の従業員と、5000以上の拠点を擁するグローバル・カンパニー。日本法人は1985年に開業。人材派遣やアウトソーシングなどの「Adecco」、人材紹介の「Spring Professional」、そしてエンジニア派遣およびコンサルティングの「Modis(モディス)/ Modis VSN」など6つのサービスブランドを展開。