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2020年11月23日

清水竜一・日総工産会長兼社長に聞く

「変質するコロナ後の生産現場」

 今年前半、新型コロナウイルス対策で人の移動に厳しい制限が加えられた結果、日本経済は大きな落ち込みを余儀なくされた。モノづくりの中核となる製造請負・派遣業界も例外ではなく、ウィズ・コロナに向けた新たなビジネスモデルを模索している。その中心人物の一人である日総工産の清水竜一会長兼社長にコロナ下の展望を聞いた。同社は来年、創業50周年を迎える。(聞き手・撮影=大野博司)

―― これまで8年ほどは空前の人手不足が続いていましたが、新型コロナウイルスの襲来で今年前半は様相が一変しました。製造請負・派遣の事業はどのような環境と状況にありますか。

sc20201123.jpg清水 2008年9月に起きたリーマン・ショックは米国の金融市場の変調に端を発して、北米市場の自動車や電機などの業界が急速に生産ダウンし、それが日本にも波及しました。わずか半年ほどで工場の稼働率が半減してしまい、月に3000人もの当社スタッフの余剰が出てしまいました。雇用の維持が大切なことはわかっていましたが、落ち込み方があれほど急激だと、手の施しようがないというのが正直なところでした。

 それに比べると、今回のコロナ禍では個人の行動が一時的に制限される事態になりましたが、経済要因による落ち込みではなかったため、業界によって落ち込みの濃淡に差がありました。行動制限が緩和されるに従い、製造業では7月ごろから生産も徐々に回復してきた印象です。リーマンの教訓もあって、企業も雇用の維持にしっかり努めている感があります。

 ただ、当時は経済問題だったため、多くの企業に「いずれ元に戻る」という期待感がありましたが、今回、それと決定的に違うのは「社会全体の変化」であり、「もう元には戻らない」という点ではないでしょうか。

―― それに気づいている経営者は少ないようにみえます。

清水 これは未来に掛かる問題であり、すでに人々の生活や仕事の仕方にも影響が出てきています。リーマン当時のように「いずれ戻る」と甘く考えていると、生き残れなくなる可能性があります。

 日本の生産現場はただでさえ人手不足が常態化していましたが、そこへコロナ禍が襲ってきました。多くの企業は投資ができず、従業員を有効活用できないまま過ごしてしまう。このままでは、いずれ会社が持たなくなるでしょう。政府の雇用調整助成金の活用で乗り切る手はありますが、あくまでも一時的な非常手段と考えるべきではないかと思います。

 日本のモノづくりが海外との競争に伍していくためには、やはり生産性の向上が必須課題です。従来のような人手に頼る生産体制の一辺倒ではもう無理です。AIと人力の組み合わせをどうするかといった、新たな体制を構築しなければなりません。

―― 人づくり、人材の高度化について、どのような施策を打つべきでしょうか。

清水 この業界の経営者は相当、イマジネーション(想像力)を働かせなければいけないところに来ていると思います。「新しい社会」とはどんな社会なのか、製造のオペレーションがどのように変化していくのか、そのためにはどんな人材を用意しておけばいいのか、といったことです。ここを考えないと、打つ手がなくなります。

 たとえば、多くの工場でロボットはすでに入っていますが、これからは人間とAI搭載のロボットがいかに共生していくかといったことを考えると、人材育成の重要性が高まるのは必至です。ただ、我々の持っている従来のノウハウで対応できる場合はそれでいいですが、対応できない場合は買収やM&Aを通じて外部の力を借り、人材交流を図ることも視野に入れなければなりません。

人材育成こそ生き残りのカギ

―― 明快な突破口と言うよりも、着々と進めるしかない?

清水 そうですが、ウィズ・コロナ下では1、2年後に必ず直面する状況になるのではないかと思います。そう時間はありません。当社もこの9月にAIを中心としたデジタル技術コンサル製品の開発・提供する「クロスコンパス社」と資本・業務提携しました。目的は「ヒトとAIによる現場ソリューション」という高付加価値サービスの創出です。

 ただ、人材育成は言うは易しで、長期に及ぶ育成コストを考えると、経営サイドにはかなりしんどいのも確かであり、顧客企業にもそのメリットを理解してもらう必要があります。しかし、それを怠ると生き延びられない、と腹をくくってはいますが。基礎をしっかり植え付けた人材を現場に配置すること。リーマン以降、私がずっと考えてたどり着いた結論です。コロナ禍がそれを早める結果になりました。将来的に必要な人材像について考える。これが経営者の仕事ではないかと思います。

―― 清水さんが04年に社長に就任して以来、08年のリーマン・ショック、11年の東日本大震災、今回のコロナ禍と大きな事象がありました。この10年の間には、改正派遣法を中心に労働法制の抜本改正も相次ぎました。そうした中で、日総工産は18年に東証1部上場を果たしましたが、将来ビジョンをどう描いていますか。

清水 会社は「生き物」です。経営者や社員の心掛け、姿勢次第でどうにでもなります。東証1部上場企業でも、何か大きな事態に見舞われれば潰れてしまうかもしれないという、危機意識を持たなければなりません。日本最大企業のトヨタ自動車でさえ危機感を持っているほどですから、私たちのような会社はなおのことです。業界にとっては一連の「働き方改革」の実施だけでも"激震"なのに、そこへコロナ禍が襲ってきたわけですから。ただ、社長自らが相当な危機感と覚悟を持っていないと、社員には伝わりません。

 当社は上場してからそのメリットを享受してきましたが、製造請負という柱事業は今後も継続していくにしても、「不確実性」というキーワードを念頭に置けば、他に何本か事業を育てなければならないと思っています。

―― 「不確実性」ですか。

清水 例えば、国内外の生産拠点が今後どうなるのか、40~50年先のことなんか誰も見通せないわけです。しかし、大手企業が何でも自前でやってきた時代は過ぎ、今後はもっと外部の力を活用しなければならなくなることは間違いないとみています。

 その時に、メーカーが外部に切り出したいと思うような事業を取り込めるような技術を持っていたい。そのためには、将来的な技術モデルを提示できる会社にならないと。自分たちの技術モデルだけに限定していたら、コストが掛からない代わりにリターンもない。

―― そんなニーズに応えられる企業の条件とは。

清水 やはり、「人材」がカギになります。衣食住も含めた未来社会がどのような姿になるのか。その中で働くことや消費することを想像でき、それらに対応できる技術を備えた人材が必要になります。先を見据えた人材を育成・配属して、機能的に動けるパッケージを構築する考えです。一歩、二歩、洗練されたビジネスモデルで業界をリードできたらと思っています。

 ただ、それには当社だけではできないことも多いし、独り勝ちしようとも思っていません。たとえば、今後の人材サービスは衰退産業から成長産業への人材移動に資する役割がこれまで以上に求められるでしょう。これなども、業界団体である日本生産技能労務協会(技能協)を中心に、業界全体で取り組むべき課題であり、技能協として求心力になるような政策を打ち出す方向で検討を進めています。(おわり)


清水 竜一氏(しみず・りゅういち)1961年、横浜市生まれ。日大卒。1988年に日総工産に入社。取締役管理本部長や副社長などを経て、2004年4月に社長。現在は会長兼社長。製造請負・派遣の事業者団体である日本生産技能労務協会の副理事長も務める。

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