障害者雇用率の0.1%引き上げは来年3月1日――。障害者雇用促進法に基づく法定雇用率の引き上げ時期について、労働政策審議会障害者雇用分科会は半年にわたる議論の末に結論を出した。来年3月から企業の法定雇用率は現在の2.2%から2.3%に引き上げられる。新型コロナウイルスが経済に甚大な影響を与え、雇用不安が募る中で労使がたどり着いた"落としどころ"は「年度内の最終月」だった。厳しい現場実態をぶつけ合った労使の主張と障害者雇用を取り巻く課題を掘り下げる。(報道局長・大野博司)
1960年に制定された障害者雇用促進法は、時代に合わせた改正を積み重ね、新たなルールや制度づくりを進めている。そのひとつに、雇用水準の向上を目的とする法定雇用率があり、法律に基づき現在まで段階的に引き上げられてきた。今回の動きは18年4月施行の改正法で、企業の法定雇用率が2.0%から2.2%に引き上げられ、さらに3年以内(来年3月末まで)に0.1%引き上げることが決まっていたもの。厳密には、2.3%への引き上げが改正法で確定済みで、来年3月末前までを「経過措置期間」として2.2%に留めていた格好だ。
障害者雇用分科会は、公益、使用者、労働者、障害者の四者構成。今春、事務局の厚生労働省は「法定雇用率未達成企業が作成する雇い入れ計画の始期が1月1日であるため、企業が新たな雇用率を前提として取り組みやすい」などとして、「来年1月1日引き上げ」を提案した。新型コロナ感染防止に向けた政府の緊急事態宣言前ではあったが、経済と雇用に大きな影響を与えることは確実視されていた。このため、使用者側は「経営上さまざまな影響が考えられる。経過措置を1年延長する選択肢もある」「テレワークが推奨される中、弁当販売やヘルスキーピング(マッサージ)などの業務は減少しており、これまで積極的だった企業ほど苦慮している」「引き上げ時期は新型コロナの影響を把握し、その対応を具体的に検討できるまで見送るべき」など、効果的な企業への支援策がないまま雇用率だけを引き上げる流れに不満をにじませた。
それから4カ月が経過した7月、厚労省は再度「来年1月1日引き上げ」を同分科会に提案=写真。労働者側と障害者側は「これを契機にテレワークが可能な仕事を見つけてほしい」「後ろ倒しの限界は年度内」など、大幅な延期を警戒する主張を繰り返した。これに対し、使用者側は新型コロナが収束しない中での企業の苦境を強く訴え、厚労省案の出し直しを求めた。
当初案を2カ月後ろ倒しで決着、企業名公表の猶予など認めず
早期の決着で準備を急ぎたい厚労省は、当初提案から2カ月後ろ倒しにすることで使用者側を納得させ、一方で年度内スタートは守る妥協案を検討。1カ月後の8月21日の同分科会に提案を出し直し、公労使障の理解を得た。障害者雇用の問題はセンシティブな内容を含むこともあって、公式のテーブルで言葉を選ばぬ本音の意見は飛び交いにくい。わずか2カ月の後ろ倒しが企業にとってどんな意味があるのか分からないが、一連の議論の中で見えてきたのは、いかなる状況下でも障害者雇用を一旦わきに置く流れにはならないということだ。
また、後ろ倒しのほかに使用者側が要望していた「法定雇用率未達成の企業名公表の猶予」「一律ではなく業種別の経過措置」「業績を考慮した未達企業の納付金引き下げ」は全部却下された。厚労省は「障害者雇用は企業の社会連帯の理念に適合し、企業間における不公平・不平等を生じさせないとする制度。その根幹が崩れる」と理由を説明。今後も、この切り口での部分的見直しは進まないと見られる。
二極化回避で具体的な企業支援の動き強まる
障害者雇用の課題のひとつに「積極的に取り組む企業と全く考えない企業の二極化が大きい」という事実があげられる。この数年の使用者側の主張や不満を分析すると、「積極企業に対するメリットが乏しい」という点に尽きる。法定雇用率を無視する企業には「未達成分の罰金(納付金)を払っているから問題ない」とドライな考えを持っているところが多い。
「企業間における不公平・不平等を生じさせない」と謳うものの、実際は未達成企業の納付金制度が二極化解消の役割を十分に果たしていない。労政審のテーブルに座る使用者側委員在籍の企業は、生産性を度外視しても障害者雇用に取り組んでいるため、多くの不満が溜まっている。今回の議論の中でも「法定率だけ上げる政策は稚拙。取り組みをやめて罰金を払う手段を考える企業も出る」と、苛立ちを言葉にする場面もあった。世界的不況に突入した中で、綺麗事は言っていられないとの指摘だ。
一昨年に明るみになった中央省庁や地方自治体による障害者雇用の水増し問題でも分かるように、公的機関でさえ障害者の雇用・採用は容易でない。増してや収益を上げなければならない民間企業の苦悩はなお更だ。厚労省は「来年3月の引き上げを契機に、積極企業がメリットを実感できる予算付きの方策を講じないと持たない」と認識しており、二極化の解消にもう一歩踏み出す構えだ。