3 目の前にある現実――労働投入量が増えなければ、GDPも増えない
労働者数の増加が労働投入量(マンアワー:「労働者数」×「1人当たりの年間総実労働時間数」)の増加にそのまま結びつかない。わが国は今、そんな問題のある状況に直面している。
例えば、この20年間に、常用労働者数は2割近く増えている(19.5%増)ものの、労働投入量は1割も増えていない(8.9%増)。つまり、労働投入量の増加率は、常用労働者数の増加率の半分にも満たないのが現状となっている(表2)。
なかでも一般労働者の場合、「労働者数」そのものが、わずかながら減少した(0.7%減)ことに加え、「1人当たりの年間総実労働時間数」も減少をみた(0.3%減)ため、その積で表される労働投入量が1.0%減少する、というより深刻な状況にある(表3)。
他方、パートタイム労働者の場合、その数が2倍以上に増加した(117.7%増)にもかかわらず、一方で「1人当たりの年間総実労働時間数」が大幅に減少した(11.1%減)ために、労働投入量の伸びは、2倍をかなり下回るレベル(93.5%増)にとどまっている(表4)。
1か月当たりの賃金は、10万円以内に抑える。時間給が上がれば、その分、出勤日数を減らす。パートタイム労働者の長期時系列統計(表4)からは、そんなパートタイム労働者の行動パターンが浮かび上がってくる。
パートタイム労働者、とりわけその大きな部分を占める主婦パートにとっては、こうした行動パターンも、所得税や社会保険料の負担、扶養手当の受給といった問題を考慮すると、あるいは合理的で賢明な選択かもしれない。だが、理想論であることを承知の上でいえば、そうした問題を念頭に置かざるを得ない現状こそ、本来は正すべきであろう。
2019年11月1日に総務省統計局が公表した、同年9月の「労働力調査(基本集計)」の結果においては、確かにそのポイントが次のように記されている。
・就業者数は6768万人。前年同月に比べ53万人の増加。81か月連続の増加
・雇用者数は6017万人。前年同月に比べ51万人の増加。81か月連続の増加
81か月といえば、第二次安倍晋三内閣の発足(2012年12月26日)直後から、就業者数や雇用者数は連続して増加している、という計算になる(注2)。とはいえ、前述したように、雇用者数(労働者数)の増加は、必ずしも労働投入量の増加を意味するものではない。
表1-2でみたように、毎勤統計(確報)によれば、2019年9月までの1年間に、常用労働者数は1.7%増加したにもかかわらず、労働投入量の伸びは、1.0%にとどまっている(なお、毎勤統計にみる常用労働者数の増加(84万人)は、労働力調査にみる雇用者数の増加(51万人)をなぜか上回っているが、ここでは問題にしない)。
このように、労働投入量が増えなければ、GDPも増えない。両者がこうした関係にあることは、常識の範疇に属する。時間単価は上がっても、月収や年収が増えなければ、消費も伸びず、GDPも増えない、という問題も一方にはある(注3)。
名目GDP600兆円の達成を安倍内閣は目標として掲げているが、このような状況では、その実現も覚束ない。こういえば、言い過ぎであろうか。
注2 2019年11月29日に公表された、同年10月の「労働力調査(基本集計)」においては、以下にみるように、就業者数、雇用者数ともに82か月連続の増加を記録するものとなった。とはいえ、同月分の毎勤統計(確報)の結果は、12月下旬にならなければ公表されないため、ここでは、同年9月の「労働力調査(基本集計)」の結果に基づいて記述を行っている。
・就業者数は6787万人。前年同月に比べ62万人の増加。82か月連続の増加
・雇用者数は6046万人。前年同月に比べ50万人の増加。82か月連続の増加
注3 この意味で、最低賃金の引上げによって消費が拡大するという論理は、韓国の失敗を俟つまでもなく、あまりにも皮相な考え方といえよう。なお、わが国における最低賃金の額(地域別最低賃金の全国加重平均額)は、過去20年余りの間に4割近く上昇している(1998年度の649円が、2019年度には38.8%増の901円にアップ)。
(おわり)
小嶌典明氏(こじま・のりあき)1952年大阪市生まれ。関西外国語大学外国語学部教授。大阪大学名誉教授。同博士(法学)。労働法専攻。規制改革委員会の参与等として雇用・労働法制の改革に従事するかたわら、国立大学の法人化(2004年)の前後を通じて、人事労務の現場で実務に携わる。主な著作に『職場の法律は小説より奇なり』(講談社)、『メモワール労働者派遣法――歴史を知れば、今がわかる』(アドバンスニュース出版)のほか、2019年に出版された最新作に『現場からみた労働法――働き方改革をどう考えるか』(ジアース教育新社)がある。