スペシャルコンテンツ記事一覧へ

2019年12月16日

(寄稿)関西外国語大学外国語学部教授 小嶌典明さん

毎勤統計を読み解く――つくられたイメージ(1)

iskojima.jpg 今年の前半は、厚生労働省の「毎月勤労統計」などの基幹統計で不正・不適切な処理が行われていた問題が噴出した。組織的隠蔽の疑いも指摘され、国会論争の的となった。注目を集めた「毎月勤労統計」だが、果たして如何なる意義と影響をもつ統計なのだろうか。
 関西外国語大学外国語学部の小嶌典明教授は、「毎月勤労統計」の調査設計と構造を整理しながら、20年間にわたる時系列データを読み解いてその実像を分析。「労働者数の増加が必ずしも労働投入量の増加に結びついていない」ことに着目し、アドバンスニュースに寄稿した。3回に分けて連載する。更新は18日と20日。(報道局)

1 1年前との比較からわかること――鵜呑みにできない速報値

 速報は、各紙が一斉に記事にするものの、確報となると、見向きもしない。厚生労働省の毎月勤労統計調査、世にいう毎勤統計をめぐるマスコミの報道には、そんな特徴がある。

 毎勤統計は、「常用労働者」5人以上の事業所を対象として、賃金、労働時間および雇用の変動を調査することを目的としている。ここにいう「常用労働者」とは、①期間を定めずに雇われている者、または②1か月以上の期間を定めて雇われている者、のいずれかに該当する者をいう。ただ、新聞等では、煩雑さを避けるため、単に「労働者」と表現されることが少なくない。

 例えば、2019年10月8日に、同年8月の毎勤統計の調査結果(速報)が公表されたときは、(常用)労働者1人当たりの現金給与総額(所定内・所定外の定期給与のほか、一時金等の特別給与を含む)が1年前との比較、つまり前年同月比で0.2%減少し、2か月連続で減少したことを主な内容とする記事が多かった。

 また、2019年11月8日に公表された同年9月の調査結果(速報)については、この労働者1人当たりの現金給与総額が前年同月比で0.8%増加し、3か月ぶりのプラスとなったことが、共通して報じられた。

 確かに、「報道関係者 各位」と記された資料には、その旨の記述がある。だが、表1-1をみてもわかるように、前年の速報値との間で比較を行った場合、2019年8月における労働者1人当たりの現金給与総額は0.03%減、9月のそれは1.0%増となる。

 表1-2のように、確報値を用いて比較すると、2019年9月における労働者1人当たりの現金給与総額こそ、速報値の報道発表資料と同じ0.8%増となるとはいえ、8月のそれも0.2%増となり、0.2%減とした上記の報道発表資料やこれを前提としたマスコミ報道とは、プラス・マイナスまでが入れ替わってしまう。

 2019年1月に30人以上規模の事業所の標本の部分入替えを行ったとはいうが、速報値と確報値の違いが、このような事情によって説明できないことはいうまでもない。

 速報値と確報値の間に、実際にもかなり大きな差異がある理由は何か。――統計の素人には不可能を強いるものとしか思えない――全数調査を云々する前に、こうした素朴な疑問に答える(問い質す)ことも、マスコミの重要な使命といえよう。

 とはいうものの、1年前のデータとの比較を行ったにすぎない、表1(1-11-2からも、次のようなファクトは何とか読み取ることができる。

① 労働者は増加し、労働時間は減少する傾向にある。
② 労働時間が減少すれば、1時間当たりの賃金は増える。
③ 労働者が増加しても、労働時間が減少すれば、労働投入量は増えない。

 以下、項を改めて、20年間というより長期にわたる時系列データをもとに、このことを確認してみたい。

(つづく)

 

小嶌典明氏(こじま・のりあき)1952年大阪市生まれ。関西外国語大学外国語学部教授。大阪大学名誉教授。同博士(法学)。労働法専攻。規制改革委員会の参与等として雇用・労働法制の改革に従事するかたわら、国立大学の法人化(2004年)の前後を通じて、人事労務の現場で実務に携わる。主な著作に『職場の法律は小説より奇なり』(講談社)、『メモワール労働者派遣法――歴史を知れば、今がわかる』(アドバンスニュース出版)のほか、2019年に出版された最新作に『現場からみた労働法――働き方改革をどう考えるか』(ジアース教育新社)がある。

PAGETOP