3 就職氷河期世代――他の世代と大差のない正社員比率
2019年6月21日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2019」は、政府の推進すべき所得向上策の一環として、「最低賃金の引上げ」とともに「就職氷河期世代支援プログラム」の実施を掲げる。その冒頭では、政府の基本認識が次のように述べられている。
「いわゆる就職氷河期世代は、現在、30代半ばから40代半ばに至っているが、雇用環境が厳しい時期に就職活動を行った世代であり、その中には、希望する就職ができず、新卒一括採用をはじめとした流動性に乏しい雇用慣行が続いてきたこともあり、現在も、不本意ながら不安定な仕事に就いている、無業の状態にあるなど、様々な課題に直面している者がいる」。
確かに、1993年から2005年まで、わが国の有効求人倍率(パートタイムを含む)は、年平均で1倍を下回っていた(表9)。その対象には、新規学卒者は含まれていないとはいうものの、この間に大学を卒業した者を指して、就職氷河期世代と呼ぶことが多い。上述の「30代半ばから40代半ば」の世代が、文字どおり、この世代に該当する。
大学卒業時の就職率という点でも、特に30代後半の世代(35~40歳、2018年現在)は、6割を下回るというきわめて厳しい状況を経験した(表9)。これらの世代が、他の世代に比べ、就活に苦労したことは、否定できない[注7]。
だが、就職活動に苦労したとしても、やがて大半の者は定職に就く。役員を除く雇用者に占める正社員の割合(正社員比率)は、一定の年齢までは年齢を重ねるごとに確実に高まる。この点において、就職氷河期世代とそれ以外の世代との間にさほど違いはない。少なくとも、男性については、このようにいえる(表10)[注8]。
就職氷河期世代に限って、無業の状態にある者が多いという事実もない。就業率の推移をみれば、このことは直ちにわかる(表11)。
就職氷河期世代について「現在も、不本意ながら不安定な仕事に就いている、無業の状態にあるなど、様々な課題に直面している者がいる」ことは確かとしても、他の世代と大きな差があるとは、統計をみる限り、到底いえそうにない。
今後3年間に、就職氷河期「世代の正規雇用者については、30万人増やすことを目指す」。上記の「就職氷河期世代支援プログラム」はこうもいうが、他の世代と丹念に比較を行った上で、その必要性が説かれているわけではない[注9]。
就職氷河期世代はかわいそう。だから、救済しなければならない。そうした気持ちも理解できないではないが、率直にいって、印象論・感情論の域を出るものではない。イメージを利用し、感情に訴える。そんな印象操作が、現代社会には蔓延している。就職氷河期世代というキャッチコピーも、その一つといわねばなるまい。
注7 就職をめぐる環境は、リーマンショック(2008年)以降の数年間(2009~12年)においても、同様に厳しい状況にあったが、ここでは問題にしない。
注8 女性の場合、男性とは逆に、30代後半以降、年齢を重ねるとともに、正社員比率はむしろ低下する傾向にある。しかし、年齢階級ごとにみた正社員比率は、この15年間、60歳以上の高齢層を除き、ほぼ安定しており、就職氷河期世代とそれ以外の世代との間の差異は、男性以上に小さいともいえる。
注9 就職氷河期世代が抱える固有の課題としては、「希望する就業とのギャップ、実社会での経験不足、年齢の上昇等」を挙げ、「この結果、無業者、不安定就労者が多く、他の世代と比較して転職経験者の比率が高くなっている」と注記するものの、それ以上の説明はない。
(おわり)
小嶌典明氏(こじま・のりあき)1952年大阪市生まれ。関西外国語大学外国語学部教授。大阪大学名誉教授。同博士(法学)。労働法専攻。規制改革委員会の参与等として雇用・労働法制の改革に従事するかたわら、国立大学の法人化(2004年)の前後を通じて、人事労務の現場で実務に携わる。主な著作に『職場の法律は小説より奇なり』(講談社)、『メモワール労働者派遣法――歴史を知れば、今がわかる』(アドバンスニュース出版)のほか、2019年に出版された最新作に『現場からみた労働法――働き方改革をどう考えるか』(ジアース教育新社)がある。