3 労働施策総合推進法――男女雇用機会均等法のコピー・ペーストではすまないパワハラ関連規定
「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」の本則により改正された8本の法律のなかで、その公布日である2018年7月6日にいち早く改正規定のすべてが施行された法律に、今回の改正によって「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」と改題された雇用対策法がある。
改正法の名称は、略して労働施策総合推進法。近い将来、この法律にパワーハラスメント(パワハラ)に関する規定が置かれるという。2018年12月14日、労働政策審議会が同日開催された雇用環境・均等分科会の報告を受け行った建議、「女性の職業生活における活躍の推進及び職場のハラスメント防止対策等の在り方について」の内容を伝える報道のなかで、この情報はもたらされた。すなわち、建議自体は、何法を改正するかについて言及していない。
パワハラについても、法規制の対象とする方向へと大きく舵を切る。建議の主眼は、このことを明確にすることにあったが、具体的には、法律による規制に関して次のように述べるものであった。
① 職場のパワーハラスメントを防止するため、事業主に対して、その雇用する労働者の相談に応じ、適切に対応するために必要な体制を整備する等、当該労働者が自社の労働者等からパワーハラスメントを受けることを防止するための雇用管理上の措置を講じることを法律で義務付けることが適当である。
② 男女雇用機会均等法に基づく職場のセクシュアルハラスメント防止対策と同様に、職場のパワーハラスメントに関する紛争解決のための調停制度等や、助言や指導等の履行確保のための措置について、併せて法律で規定することが適当である。
③ 職場のパワーハラスメントは許されないものであり、国はその周知・啓発を行い、事業主は労働者が他の労働者に対する言動に注意するよう配慮し、また、事業主と労働者はその問題への理解を深めるとともに自らの言動に注意するよう努めるべきという趣旨を、各々の責務として法律上で明確にすることが適当である。
確かに、このうち③だけであれば、労働施策総合推進法にも同趣旨の規定(基本的理念や国の施策、事業主の責務に関する規定)があり、その改正で対応できるかもしれない。とはいえ、①および②については、男女雇用機会均等法の延長で考えれば足りるといえるほど、ことは単純ではない。
労働施策総合推進法は、その名称からもわかるように、労働施策の総合的な推進等を図ることを目的としている。そこに、男女雇用機会均等法(雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律)に倣って「職場のパワーハラスメントに関する雇用管理上の措置」や「紛争の解決」に関する規定を設けることは、以下に引用した同法の目次やその目的規定に照らしても、著しくバランスを欠く。
目 次
第1章 総則
第2章 基本方針
第3章 求職者及び求人者に対する指導等
第4章 職業訓練等の充実
第5章 職業転換給付金
第6章 事業主による再就職の援助を促進するための措置等
第7章 外国人の雇用管理の改善、再就職の促進等の措置
第8章 国と地方公共団体との連携等
第9章 雑則
附 則
(目的)
第1条 この法律は、国が、少子高齢化による人口構造の変化等の経済社会情勢の変化に対応して、労働に関し、その政策全般にわたり、必要な施策を総合的に講ずることにより、労働市場の機能が適切に発揮され、労働者の多様な事情に応じた雇用の安定及び職業生活の充実並びに労働生産性の向上を促進して、労働者がその有する能力を有効に発揮することができるようにし、これを通じて、労働者の職業の安定と経済的社会的地位の向上とを図るとともに、経済及び社会の発展並びに完全雇用の達成に資することを目的とする。
2 この法律の運用に当たっては、労働者の職業選択の自由及び事業主の雇用の管理についての自主性を尊重しなければならず、また、職業能力の開発及び向上を図り、職業を通じて自立しようとする労働者の意欲を高め、かつ、労働者の職業を安定させるための事業主の努力を助長するように努めなければならない。
細かいことをいえば、「職場のパワーハラスメントに関する雇用管理上の措置」については、わが国の法令がこれまで外来語のカタカナ表記を原則として認めてこなかったという事実からみて、その全体を純粋の日本語表記に改めることが必要になり、「紛争の解決」に至っては、それだけで1章を要することにも留意する必要がある(注8)。
以上を要するに、男女雇用機会均等法等の規定をそのままコピー・ペーストすればすむ、という話ではまったくないのである。
* * *
法規制のあり方を考えるに当たっては、規制内容(コンテンツ)の問題も重要であるが、その根拠は何か、どの法令にどのような規定を設けるのか、といった法形式(フォルム)の問題もまた等しく重要なものとなる。このことを確認して、ひとまず筆を擱(お)きたい。
注8:男女雇用機会均等法第3章のほか、これをモデルとした、パートタイム労働法第4章、育児・介護休業法(育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律)第11章、障害者雇用促進法(障害者の雇用の促進等に関する法律)第3章の2、労働者派遣法第4章(「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」5条によるもの、未施行)を参照。
(おわり)
小嶌典明氏(こじま・のりあき)1952年大阪市生まれ。関西外国語大学外国語学部教授。大阪大学名誉教授。同博士(法学)。労働法専攻。小渕内閣から第一次安倍内閣まで、規制改革委員会の参与等として雇用・労働法制の改革に従事するかたわら、国立大学の法人化(2004年)の前後を通じて計8年間、就業規則の作成・変更等、人事労務の現場で実務に携わる。
最近の主な著作に、『職場の法律は小説より奇なり』(講談社)のほか、『労働市場改革のミッション』(東洋経済新報社)、『国立大学法人と労働法』(ジアース教育新社)、『労働法の「常識」は現場の「非常識」――程良い規制を求めて』(中央経済社)、『労働法改革は現場に学べ!――これからの雇用・労働法制』(労働新聞社)、『法人職員・公務員のための労働法72話』(ジアース教育新社)、『法人職員・公務員のための労働法 判例編』(同前)、『公務員法と労働法の交錯』(共編著、同前)、『労働法とその周辺――神は細部に宿り給ふ』(アドバンスニュース出版)、『メモワール労働者派遣法――歴史を知れば、今がわかる』(同前)がある。月2回刊の『文部科学教育通信』に「現場からみた労働法」を連載中。近刊『現場からみた労働法――働き方改革をどう考えるか』(ジアース教育新社)第1部には、その既刊分を収録している。