2 短時間・有期雇用労働法――たった6文字の修正ですませた同一労働同一賃金ガイドラインの根拠規定 (2)
第3 事業主が講ずべき短時間労働者の雇用管理の改善等に関する措置等
事業主は、第2の基本的考え方に基づき、特に、次の事項について適切な措置を講ずるべきである。
1 短時間労働者の雇用管理の改善等
(1)労働時間 略
(2)退職手当その他の手当
事業主は、短時間労働者法第9条及び第10条に定めるもののほか、短時間労働者の退職手当、通勤手当その他の職務の内容に密接に関連して支払われるもの以外の手当についても、その就業の実態、通常の労働者との均衡等を考慮して定めるように努めるものとする。
(3)福利厚生
事業主は、短時間労働者法第9条及び第12条に定めるもののほか、医療、教養、文化、体育、レクリエーション等を目的とした福利厚生施設の利用及び事業主が行うその他の福利厚生の措置についても、短時間労働者の就業の実態、通常の労働者との均衡等を考慮した取扱いをするように努めるものとする。
2 労使の話合いの促進 略
3 不利益取扱いの禁止 略
4 短時間雇用管理者の氏名の周知 略
他方、法令用語の一般的な用法に従えば、「Aその他のB」という場合、AはBの例示として位置づけられる。それゆえ、「もののほか、」を「措置その他の」と改めれば、短時間・有期雇用労働法「6条から前条までに定める措置」は、「その他の」に続く「第3条第1項の事業主が講ずべき雇用管理の改善等に関する措置」の例示として、これに含まれることとなり、同法8条に定めのある事項についても、行政(厚生労働大臣)が妥当と判断するその解釈運用のあり方を事業主が講ずべき措置として指針で示すことが可能になる。改正法を起案した者は、こう考えたのではないか。
ただ、当初は同一労働同一賃金ガイドライン案として検討され、最終的には労働者派遣法47条の11のほか、「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(略)第15条第1項の規定に基づき」定められることになった「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」(平成30年12月28日厚生労働省告示第430号)は、下記の例をみてもわかるように、従前の指針とはあまりにもその内容が違っていた。
第3 短時間・有期雇用労働者
3 手当
(7)通勤手当及び出張旅費
短時間・有期雇用労働者にも、通常の労働者と同一の通勤手当及び出張旅費を支給しなければならない。
4 福利厚生
(1)福利厚生施設(給食施設、休憩室及び更衣室をいう。以下この(1)において同じ。)
通常の労働者と同一の事業所で働く短時間・有期雇用労働者には、通常の労働者と同一の福利厚生施設の利用を認めなければならない。
事業主に対して一定の努力を促すにとどまっていたソフトな規定が、一転して命令口調のハードな義務規定に変わる。法律の条文をたった6字分修正するだけで、これまでの経緯を完全に無視した、従前とは著しく異なる規定内容の変更まで可能にしてしまう。ここまでくれば、さすがにやり過ぎというべきであろう。
なお、その一方で「事業主が講ずべき短時間労働者の雇用管理の改善等に関する措置等についての指針」は、題名を「事業主が講ずべき短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する措置等についての指針」と改めた上で、存続することになった。こうして短時間・有期雇用労働法15条1項に根拠を置く指針は、同法の施行日に当たる2020年4月1日(中小企業は21年4月1日)以降、二本立てとなる。
双方の指針が相互に矛盾しないように、現行パートタイム労働指針の先に引用した部分は、「1 短時間労働者の雇用管理の改善等」が「1 労働時間」と改められ((1)が1に昇格する)、1の「(2)退職手当その他の手当」および「(3)福利厚生」に関する定めは一括して削除される(以上につき、「事業主が講ずべき短時間労働者の雇用管理の改善等に関する措置等についての指針の一部を改正する件」(平成30年12月28日厚生労働省告示第429号)を参照)。
しかしながら、大臣告示どうしの矛盾は、このようにして解消できたとしても、短時間・有期雇用労働法10条が次のように規定するものである限り(適用対象は、短時間労働者だけでなく有期雇用労働者にも拡がっている)、条文から削除された退職手当はともかく、通勤手当については、努力義務すら課さない法律と明確な義務規定からなる告示(同一労働同一賃金ガイドライン)の矛盾が依然として残る。6文字の修正だけですませようとするから、こうなった。といえば、言い過ぎであろうか。
(賃金)
第10条 事業主は、通常の労働者との均衡を考慮しつつ、その雇用する短時間・有期雇用労働者(通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者を除く。次条第2項及び第12条において同じ。)の職務の内容、職務の成果、意欲、能力又は経験その他の就業の実態に関する事項を勘案し、その賃金(通勤手当、退職手当その他の厚生労働省令で定めるものを除く。)を決定するように努めるものとする。
(つづく)
小嶌典明氏(こじま・のりあき)1952年大阪市生まれ。関西外国語大学外国語学部教授。大阪大学名誉教授。同博士(法学)。労働法専攻。小渕内閣から第一次安倍内閣まで、規制改革委員会の参与等として雇用・労働法制の改革に従事するかたわら、国立大学の法人化(2004年)の前後を通じて計8年間、就業規則の作成・変更等、人事労務の現場で実務に携わる。
最近の主な著作に、『職場の法律は小説より奇なり』(講談社)のほか、『労働市場改革のミッション』(東洋経済新報社)、『国立大学法人と労働法』(ジアース教育新社)、『労働法の「常識」は現場の「非常識」――程良い規制を求めて』(中央経済社)、『労働法改革は現場に学べ!――これからの雇用・労働法制』(労働新聞社)、『法人職員・公務員のための労働法72話』(ジアース教育新社)、『法人職員・公務員のための労働法 判例編』(同前)、『公務員法と労働法の交錯』(共編著、同前)、『労働法とその周辺――神は細部に宿り給ふ』(アドバンスニュース出版)、『メモワール労働者派遣法――歴史を知れば、今がわかる』(同前)がある。月2回刊の『文部科学教育通信』に「現場からみた労働法」を連載中。近刊『現場からみた労働法――働き方改革をどう考えるか』(ジアース教育新社)第1部には、その既刊分を収録している。