昨年の前半は労働関係8本の改正法を束ねた「働き方改革関連法」の国会審議、後半は改正法に伴い厚生労働省が策定した省令・指針・通達などの要綱案を労働政策審議会が「おおむね妥当」と答申した。関西外国語大学外国語学部の小嶌典明教授は、「法令における規定の仕方に疑問符の付くケースも少なくない」などと指摘。最近の法改正を例に、法形式に問題のある3つのケースを選んで検討し、アドバンスニュースに寄稿した。全5回で連載する。(報道局)
はじめに――「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」は、局長通達だった
およそ2年前、厚生労働省は、労働基準局長名で「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」を、平成29年1月20日付基発0120第3号(1・20通達)として、都道府県労働局長に宛て発出する。その結果、平成13年4月6日付基発第339号「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」、つまり世にいう4・6通達は、その役割を終え、廃止されることになった。
「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」は、4・6通達に代わるものであるが、その法的性格はよくわからない。多くの者はそう考えていたが、それは事実ではなかった。例えば、2017年4月27日に開催された「第8回過労死等防止対策推進協議会」では、「ガイドライン」を添付した通達の全文が、資料として配布されている(注1)。自戒の意味を込めていえば、その事実を見落としていたにすぎない。
1・20通達や4・6通達もそうであったが、労働基準局長名で発出される通達=基発の名宛人は、あくまで都道府県労働局長であって、使用者やその団体ではない。そして、下記の最高裁判決にもあるように、理論上は一般国民がこのような通達に直接拘束されることもない。
元来、通達は、原則として、法規の性質をもつものではなく、上級行政機関が関係下級行政機関および職員に対してその職務権限の行使を指揮し、職務に関して命令するために発するものであり、このような通達は[上記]機関および職員に対する行政組織内部における命令にすぎないから、これらのものがその通達に拘束されることはあっても、一般の国民は直接これに拘束されるものではなく、このことは、通達の内容が、法令の解釈や取扱いに関するもので、国民の権利義務に重大なかかわりをもつようなものである場合においても別段異なるところはない(墓地埋葬通達取消請求事件=昭和43年12月24日最高裁第三小法廷判決)(注2)。
だが、大半の使用者は、通達を法令と同じように自身を直接拘束するものとして理解している。法令の内容を通達で明確にすることも、ごく普通に行われている。
例えば、労働安全衛生法の改正およびこれを受けた労働安全衛生規則の改正により、2019年4月1日以降、労働時間の状況把握が事業者(労働基準法にいう使用者に当たる)に対して義務づけられることになったこと(注3)に伴い、厚生労働省が労働政策審議会労働条件分科会に提出した資料(注4)は、次のようにいう。
[法令に定める労働時間の状況把握のための]客観的な方法その他適切な方法の具体的内容については、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」を参考に、通達において明確化することが適当である。
しかし、法令に通達への授権規定が置かれることはもとよりなく、通達が事実上使用者を拘束することがあったとしても、それは法的根拠を欠くものといってよい。
他方、法令にたとえ根拠規定がある場合であっても、その規定を根拠とするのはどうかと思われるケースも、労働法の世界にはしばしばみられる。また、法令における規定の仕方に疑問符の付くケースも、実際には少なくない。
そこで、以下では、最近の法改正を例に、そうした法形式に問題のある3つのケースを選び、若干の検討を行うこととしたい。
注1:参考資料4「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドラインについて」(平成29年1月20日付基発0120第3号)を参照。
注2:ただ、その結果、いわゆる処分性が認められないために、通達の「取消を求める訴を提起することは許されない」(引用事件の判決要旨)という話にもなる。
注3:このことにつき、新設された労働安全衛生法66条の8の3(同法66条の8の前に置かれた(面接指導等)を共通見出しとする)およびこの新設規定を受け、新しく設けられた労働安全衛生規則52条の7の3は、それぞれ次のように規定する。
第66条の8の3 事業者は、第66条の8第1項又は前条第1項の規定による面接指導を実施するため、厚生労働省令で定める方法により、労働者(次条第1項に規定する者を除く。)の労働時間の状況を把握しなければならない。
(法第66条の8の3の厚生労働省令で定める方法等)
第52条の7の3 法第66条の8の3の厚生労働省令で定める方法は、タイムカードによる記録、パーソナルコンピュータ等の電子計算機の使用時間の記録等の客観的な方法その他の適切な方法とする。
2 事業者は、前項に規定する方法により把握した労働時間の状況の記録を作成し、3年間保存するための必要な措置を講じなければならない。
注4:第143回労働条件分科会に資料として提出された「今後議論いただく省令や指針に定める項目について(案)」のほか、第144回から第146回の同分科会に資料として提出された「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律の施行に関する論点(案)――省令や指針に定める項目について」を参照。
(つづく)
小嶌典明氏(こじま・のりあき)1952年大阪市生まれ。関西外国語大学外国語学部教授。大阪大学名誉教授。同博士(法学)。労働法専攻。小渕内閣から第一次安倍内閣まで、規制改革委員会の参与等として雇用・労働法制の改革に従事するかたわら、国立大学の法人化(2004年)の前後を通じて計8年間、就業規則の作成・変更等、人事労務の現場で実務に携わる。
最近の主な著作に、『職場の法律は小説より奇なり』(講談社)のほか、『労働市場改革のミッション』(東洋経済新報社)、『国立大学法人と労働法』(ジアース教育新社)、『労働法の「常識」は現場の「非常識」――程良い規制を求めて』(中央経済社)、『労働法改革は現場に学べ!――これからの雇用・労働法制』(労働新聞社)、『法人職員・公務員のための労働法72話』(ジアース教育新社)、『法人職員・公務員のための労働法 判例編』(同前)、『公務員法と労働法の交錯』(共編著、同前)、『労働法とその周辺――神は細部に宿り給ふ』(アドバンスニュース出版)、『メモワール労働者派遣法――歴史を知れば、今がわかる』(同前)がある。月2回刊の『文部科学教育通信』に「現場からみた労働法」を連載中。近刊『現場からみた労働法――働き方改革をどう考えるか』(ジアース教育新社)第1部には、その既刊分を収録している。