政府が2月下旬に国会提出を予定していた「働き方改革関連法案」の内容が、上程前から曲折している。労働法制は、労働政策審議会(厚労相の諮問機関)が「概ね妥当」と答申した法律案要綱に沿って法案提出し、与野党の国会論戦を経て修正が施されたり、衆参で付帯決議が付けられたりするのが一般的だ。しかし、8本の改正法案を束ねた同法案は、“既定路線”となっていた施行期日の先送りの部分だけでなく、3月下旬に入っても改正項目の削除や追加などが相次ぎ、法案提出に至っていない。通常国会が始まって2カ月余り。この短期間に時々刻々と変わる「働き方改革関連法案」の経過を整理する。(報道局)
「施行期日の修正だけで提出」、政府の目論見はずれる
予算外法案の常識的な提出期限は3月中旬。当初、政府は2月中の閣議決定と法案提出を見込んでいただけに、想定を超える大幅な遅れだ。与党による法案審査は大詰めを迎えているが、自民党からは「現場で混乱のない実効性を伴う運用と、中小・零細企業の実態を直視した支援体制を充実させるべき」といった政府をけん制する意見が挙がるなど、26日現在で党の「了承」を取り付けられていない。
そもそも、「働き方改革関連法案」は、昨秋の臨時国会に提出して成立させることが基本線だった。それを見据えて「原則2019年4月」という施行期日が決まっていたが、安倍晋三首相の判断で臨時国会冒頭に衆院解散に踏み切ったことに伴い、施行期日変更の検討を余儀なくされたという経緯がある。
総選挙後から昨年末にかけ、厚生労働省との水面下の協議が続けられ、政府は今年に入り、法案の項目ごと、あるいは大企業と中小企業に分けて施行期日を「先送り」する方針を明らかにした。この時点では、労政審の答申と異なるのは「施行期日の修正だけ」との目論見だったが、政府自らの失態が原因で法案の中身についても削除や追加を繰り返している。
与党の同法案の審査は、自民が政務調査会(政調)と厚生労働部会、人生100年時代戦略本部、雇用問題調査会が「合同会議」を設けて実施。公明は雇用・労働問題対策本部と厚生労働部会が一緒の場を持って議論。いずれの会議も、厚生労働省の担当職員が政府として法案の概要、内容を説明し、それを踏まえて出席議員が確認や注文、意見、補強などの“宿題”を出す形で行われている。
今年1月からの「働き方改革関連法案」をめぐる主な経過
【2018年1月】
4日=年頭会見で安倍首相が「通常国会は働き方改革国会だ」と宣言。さらに、「福利厚生など不合理な待遇差を是正することで、多様な働き方を自由に選択できるようにするとともに、長時間労働の上限規制を導入し、長時間労働の慣行を断ち切る。(制定から)70年におよぶ労働基準法において、歴史的な大改革に挑戦する」と明言。
29日=衆院予算委員会で安倍首相が「平均的な方で比べれば、裁量労働制の労働時間が一般労働者より短いというデータもある」と答弁。裁量労働制の効果を強調。
【2月】
7日=自民党の与党審査となる合同会議で、(1)「残業時間の罰則付き上限規制」は大企業が当初案通り19年4月、中小企業だけ20年4月へ。(2)同一労働同一賃金は大企業、中小企業ともに当初案から1年遅らせてそれぞれ20年4月、21年4月へ。(3)裁量労働制の対象業務拡大、「高度プロフェッショナル制度(高度プロ)の創設」は当初案通り大企業、中小企業ともに19年4月で変更なし――の政府方針を正式に提示。
14日=安倍首相が衆院予算委員会で、「働き方改革関連法案」の裁量労働制に関する1月29日の同委員会での答弁について、「撤回するとともに、おわび申し上げたい」と謝罪。再三の野党の指摘に誤りを認めた。同日以降も首相が答弁の根拠とした厚労省の「2013年度労働時間等総合実態調査結果」について、加藤勝信厚労相が調査結果のデータを精査する考えを示す。
14日=自民党の合同会議は、施行期日の先送りなどを含む修正案の協議を行ったが、結論に至らず持ち越し。中小企業への支援や労働基準監督署の監督指導などに関する議論を展開。
16日=厚労省の調査データに疑義が生じている問題で、連合の神津里季生会長は会見で「裁量労働制であれば(労働)時間が少なくて済むような印象操作的な答弁を作った罪は極めて大きい。パンドラの箱を開けたようなものだ」と厳しく批判。
19日=加藤厚労相が衆院予算委員会の理事会にデータ疑義問題に関する調査結果を報告。質問方法の異なるデータを比較して一般労働者の労働時間の方が長くなるという結果を出していたと説明し、「不適切だった」と陳謝した。野党は精査が不十分などと一斉に批判、同日の衆院予算委で政府への追及を強めた。
21日=政府は、裁量労働制の拡大と高度プロの創設について、施行期日を予定より1年遅らせる検討に入る。既に、同一労働同一賃金関係なども1年延期する方針を与党に提示しているが、それとは別に検討。裁量労働制を巡る不適切なデータ処理問題が最大の理由。野党は延期ではなく、両制度を一括法案の中から削除することを要求。
23日=「総合実態調査」の1万1575事業場の全データの再精査を進めている中、厚労省が「なくなっている」としていた調査票の原本(紙ベースで段ボール32箱)を立憲民主や希望などの野党議員が厚労省の地下倉庫で確認。、政府・厚労省の不手際や問題が拡大。
26日=不適切な調査データ処理問題など議題に、衆院予算委員会が集中審議を開く。劣勢に立たされる政府は、法案ごとに大企業と中小企業で施行期日を先送りする案を具体化させているが、「期日変更」以外の対応を迫られる可能性も浮上。
28日=衆院で2018年度予算案が通過。
28日=労働時間に関する不適切な調査データ処理問題などをめぐり、安倍首相は深夜、「働き方改革関連法案」から「裁量労働制の対象業務拡大」の部分を全面削除するよう加藤勝信厚労相に指示。
【3月】
2日=朝日新聞が学校法人・森友学園(大阪市)への国有地売却に絡む一連の経過を巡り、財務省が決裁文書を「書き換え」た疑惑を指摘。
6日=自民党の合同会議が、労働時間の上限規制に対応するための助成金などを含む中小企業への対策・対応について、厚生労働省から説明を受ける。「中小企業への影響について十分に把握すべき」などの意見が挙がった。また、「裁量労働制の対象業務拡大」を全面削除したことを踏まえ、一時検討されていた「高度プロ」も含めた施行期日の1年先送りが“保留”となる。
8日=自民党の合同会議は、同一労働同一賃金などをテーマに議論。「中小企業への影響についてより詳細に把握すべき」、「同一労働同一賃金という言葉が誤解を招く」、「周知期間を十分に設けなければ、待遇差を巡る企業相手の訴訟が増えるだけ」などの指摘が出た。
12日=財務省が決裁文書の「書き換え」を認める。その範囲の広さなどから報道各社が「改ざん」との表現に変える。国会は参院予算委員会をはじめ、野党欠席による不正常な状態が続き、「働き方改革関連法案」への影響が危ぶまれ始める。
13日=自民党の合同会議が法案審査を続行。
15日=自民党の合同会議が法案審査を続行。
15日=公明党が、加藤厚労相に現在、裁量労働制で働く人などの健康確保に向けた緊急申し入れを行う。
16日=政府は、法案の中で新たに「働く人の労働時間の把握を企業に義務付ける」ことを盛り込む方針を固める。裁量労働制に関する部分を削除したため、裁量労働で働く人の健康確保措置を強化する規定も削られた。これを補う対応として、労働安全衛生法に義務付けの規定を設ける考えで、3月下旬に自民、公明両党の関係部会に提示へ。
22日=厚労省が野党6党のヒアリングに対し、裁量労働制のデータが誤りだったことを報告。厚労省が、裁量労働制で働く人の労働時間を「1日1時間以下」としていた25事業所を改めて調査した結果、確認できた15事業所全てで労働時間が1日1時間程度の労働者はいなかった。
23日=衆院厚生労働委員会で加藤厚労相は、問題となった調査のうち裁量労働制に関する部分の撤回を表明。「実態を反映したものとは確認できなかった。撤回させていただく」と述べた。これまで、安倍首相や加藤厚労相はデータ自体の撤回は拒否していた。
26日=自民党の合同会議が開かれる予定。
【関連記事】
序盤で崩れた政府の国会運営、現状整理と今後の展開
「働き方改革国会」を掲げるも険しい道のり(3月19日)
「働き方改革関連法案」、13日の閣議決定は見送り
党内調整を急ぐ政府(3月12日)
「働き方改革関連法案」、8本束ねて国会提出へ
法案整備までの経過と今後の国会・政治の流れ(2017年9月18日)
衆院解散へ、「働き方改革関連法案」の成立は年明け以降
「拙速・強引」の批判押し退け準備整えるも、首相自ら水を差す(2017年9月25日)