過労死が多いとされる運送業や外食産業では、多くの社員が残業時間の多さについて「人員不足」や「突発的な仕事への備え」などを理由に挙げていることが、厚生労働省がこのほど発表した2016年度「過労死等に関する実態把握のための労働・社会面の調査研究事業報告」で明確になった。しかし、多くの企業が人員増やビジネスモデルの変更といった抜本改革に容易に踏み切れず、不安要素を抱えたままだ。(報道局)
同調査はみずほ情報総研に委託して今年1~2月、運送業界の760社、従業員約4700人から回答を得た。従業員はトラック、バス、タクシーなどの正社員運転手で、早出・居残りなどの残業が発生する理由(複数回答)については、「人員が足りないため」が2割台で最も多く、バスの運転手の場合は6割近くに達している。次いで、「仕事の特性上、所定外でないとできない仕事があるため」「予定外の仕事が突発的に発生するため」が各2割前後あった。
外食業界では約450社、従業員約2500人(スーパーバイザー、店長、店舗従業員など)に聞いたが、「人員が足りないため」が3職種とも5~6割に達し、「業務の繁閑の差が激しいため」が3割近くあった。「予定外の仕事が突発的に発生」も2割以上あり、スーパーバイザーでは4割近かった。
しかし、どちらの業界も会社側の過重労働の防止に向けた対策については思うように進んでいないようだ。トラック業界では過半数が「荷主・発注者の理解不足」を挙げており、バス以外の3業種では「売り上げや収益が悪化するおそれがある」「人員不足」が4割近くあった。外食業界でも「売り上げや収益への影響」「人員不足」を上げた企業が3~4割あった。
人手不足が長時間労働を生み、引いては労災事故などにつながっていることは統計的に明らかだ。厚労省がまとめた16年度の労災死亡認定数を職種で分けると、トップは「自動車運転従事者」の89人で、2位の「法人・団体管理職員」の22人を大きく上回っている。また、3位の「飲食物調理従事者」が14人、4位の「商品販売従事者」が13人だが、両者とも外食関連業務と推定され、合わせると27人に上る。
職種別の有効求人倍率でも「自動車運転者」は2.62倍、「飲食物調理」は3.00倍、「接客・給仕」は3.60倍(いずれも今年6月時点、パートを含む)と慢性的な人手不足を示しており、「人手不足の結果、過労死が多い業界」というイメージを印象付ける数字が並ぶ。
改革の先陣を切ったが…
これに対して、業界が必ずしも手をこまねいているわけではない。宅配最大手のヤマト運輸は荷物の総扱い量を前年より4%減らす一方で、ドライバーなどの従業員を5%ほど増やす計画を立てたが、扱い量は減っていない。ロイヤルホストは今年から24時間営業を全面的に取りやめ、すかいらーくなども追随。1日の労働時間をパターン別に選んで休暇を取りやすくするなどの工夫で、労働時間の短縮に取り組んでいるが、目に見える効果はまだ出ているとは言えない。
ビジネスモデルの転換が必要だが……
ただ、運送や外食のビジネスモデルの多くは、バブル崩壊後の不況で多くの人手が余った時代の産物。低賃金の非正規社員を大量に雇用し、「24時間営業」や「宅配の再配達」といったサービスで消費者の利便性を向上させてきたものの、人手不足の現代ではそれが“逆風”になってしまったのが実態だ。モデル転換には、一時的とはいえ、かなりの資金と時間が掛かり、比較的余裕のある大手企業が改革を進めているものの、中小の独立業者や大手の傘下にある下請け業者などにはそうした余裕は乏しい。
今回の厚労省の実態調査では、ビジネス現場では「人手がない」、経営側は「改善に向けた余裕がない」との声が多く、目先の業績維持に追われる姿が目立った。政府が掲げる「過労死撲滅」の掛け声がどこまで浸透しているか、視界不良の情勢が続く。
政府の働き方改革に伴う残業時間の上限規制に向け、労働基準法の改正が予定されており、早ければ19年度にも施行されるが、仕事の特殊性などから自動車運転手は建設業や医師などとともに5年の猶予をもらえる見通しだ。しかし、「特殊性」の中身を業界自身が詳細に検討し、労働条件の改善に結びつけない限り、猶予期間は問題を先延ばしするだけに終わる可能性もある。