この6月からスーパーなどでビール類が値上げされた。改正酒税法が同月から施行され、小売店の安売りができなくなったためという。いつ、だれが、そんなことを決めたのか。何とも不可解な値上げと言わざるを得ない。
実は昨年5月27日、議員立法で改正法が成立しており、今年6月の施行が決まっていたのだが、当時は7月の参院選を控えて、安倍首相が消費税の再延期を表明するなど、政界は選挙対策一色。改正酒税法もその一環だったことは、成立時期をみれば一目瞭然で、ほぼ超党派の賛成だった。量販店の激安セールに困り果てた「街の酒屋さん」の要請を受けて、仕入れ(製造)原価や人件費の合計コスト(基準)を下回るような安売りに歯止めを掛けたものだ。
国税庁が示す「基準」を守らないと、酒の製造・販売免許を取り消したり、罰金を科したりすることもあるといい、周辺小売店への影響は税務署や国税局が個別に調査し、総合的に判断するというから、それなりの“縛り”にはなっているようだ。
値上げで消費離れに拍車?
6月下旬、近くのスーパーに出掛けてビールの価格を調べてみたら、4大メーカーの代表的なビール6缶パックが1098~1125円(350㍉㍑、消費税抜き)で売られていた。確かに、以前なら日によっては1000円以下で販売されていたこともあったと記憶しているが、当初予想された1200円ほどまでは上がっていない。同様に、発泡酒は778円、第三のビールは635円ほどで、以前とほとんど変わらない価格だった。
ビールや発泡酒はスーパーの目玉商品として日常的に安売りされてきたが、それはメーカーがスーパーや量販店にリベートを支払ってきたことも大きな要因。また、スーパーなどでは仮にビール類で利益が出なくても、他の商品で利益を出すことができるなど、酒しか売らない個人商店よりも有利なことは確かだ。
改正法ではこのリベートを削減させることに主眼を置いたようだが、もともと、量販店の方が仕入れコストは低いから、リベートが多少減っても、価格が一気に上がるわけでもなかった。しかし、だ。結果的に「大勢に影響ない」とはいえ、こんな選挙目当ての改正法がドサクサにまぎれるようにして成立したことに、強い違和感と不信感を覚える。
個人商店というなら、酒屋さん以外にも家電販売店、化粧品販売店、米屋さん、床屋さん、醤油屋さんなど、幾らでもある。その中で、肝心な消費者を置き去りにしたまま、法改正までして酒屋さんを守らなければならない理由は、どこにあるのだろうか。言うまでもなく、酒屋さんの票目当ての“短慮”としか思えない。
大幅拡大した税務当局の裁量権
しかも、さらに問題は、どの程度の安売りが「過度」なのか、その判断を税務当局に任せてしまい、行政の裁量権を大幅に拡大してしまったことだ。企業の自由な価格競争が大前提の市場経済を否定することにつながりかねない危険性をはらんでいる。そもそも、公正な取引には独占禁止法という基本法があり、それを厳格適用すればコト足りるはずだ。
にもかかわらず、国会でそうした議論にまで踏み込んだ形跡はなく、「酒屋さん」の票欲しさにドタバタ決めた感がなきにしもあらずだ。この法改正で最も得をしたのは、量販店でも個人商店でもなく、監督権限が強化された税務当局ではないだろうか。
いずれにしても、激安販売が規制されたことで、結果的に他酒製品の価格に影響が出て、酒類全体の「底値が上がる」可能性がある。その結果、酒屋さんは当面は一息つけるかもしれないが、消費者離れや後継者問題といった根本的な課題は依然として残る。今回の安売り規制が真の課題解決にならないことは火を見るより明らかであろう。(本間 俊典=経済ジャーナリスト)