政府の働き方改革実現会議(議長、安倍首相)が14日に開いた第7回会合で、残業規制の政府案が示された。現行の労働基準法で実質的な“ザル規制”となっている「36(さぶろく)協定」の改変が中心で、長年に渡って問題になっていた長時間労働の抑制に向けて、政府が初めて数値を示したもの。ただ、長時間労働は日本の企業社会の労働慣行に根付いているだけに、そのまま実施できるかどうか、予断を許さない情勢だ。(報道局)
現行の労基法では「1日8時間、1週40時間」(第32条)を上限に定めている。ただし、36条で特例を認めており、労使が合意すれば「月45時間、年間360時間以内」までの残業が認められており、さらに、臨時的な繁忙期にはこの上限もはずされる。また、新商品などの研究開発、建設、運輸などの業務に就いている労働者には適用されない。こうした特例は法令ではなく、厚労省告示で定められている。
「過労死撲滅」に政府は旗を振ってきたが
この“抜け道”によって「繁忙期」が常態化し、労働時間は事実上の青天井となった。これらの規定は「正社員」を中心に適用され、基本給を低く抑えて残業代を「生活費」に組み込む給与体系が一般的になったことから、これまでは労使ともに「長時間労働の是正」を建前にしながらも、本腰を入れて改革に取り組もうという姿勢は弱かった。しかし、電通の新入社員の過労自殺など、長年に渡って過労死が相次いだことから、政労使ともにようやく重い腰を上げたというのが実情だ。
政府案の骨子は(1)「月45時間、年間360時間」の限度を現行の告示から労基法内に明示する(2)特例として、労使合意の義務付けを条件に、臨時的な繁忙期を中心に「月平均60時間、年間720時間」までの残業を認める。一時的に労働量が増える繁忙期には、「年間720時間」の範囲内で月の上限を別途設ける(3)例外扱いの建設、運輸などの業務も適用対象にすることを検討――などだ。
「月平均60時間」は、仮に週休2日の労働者が月22日働く場合、残業は1日平均で2.7時間となる。ただ、忙しくなってそれ以上の残業を余儀なくされる場合は、他の日の残業を減らすなどして、「月平均60時間」を守らせる。しかし、それでも足りない場合が出て来ることから、政府案では1カ月だけなら100時間、2カ月平均で80時間を上限に認める意向だが、連合が「過労死ライン」を意識して慎重な姿勢を取っていることなどから、今回の提案には入れなかった。
存在理由問われる労政審
政府案に対して、経団連側は受け入れる方針で、連合も「過労死ライン」の課題をクリアすれば容認すると予想されている。政府は3月に「実行計画」としてまとめ、早ければ改正労基法案などを年内に国会提出し、2019年度からの施行を目指している。しかし、具体的な法改正の議論は労働政策審議会で行われ、そこでの議論が長引けば予定が先伸びになる可能性がある。
労基法の改正などは、本来なら労政審の労働条件分科会でじっくり審議すべきテーマであるにもかかわらず、決定能力を欠いたまま実現会議に頭越しに重大テーマを突きつけられたというのが真相だ。これについて、安倍首相は14日の会合で、「多数決で決するものではなく、皆様全員の賛同を得て初めて成案として出したい」と述べ、労使の合意形成が法案の条件であることを強調。「上限規制は長年、労働政策審議会で議論されてきたものの、結論を得られませんでした」と労政審の地盤沈下を皮肉ったとも取れる発言をしている。
一方、今回の政府提案を見越して、すでに一部大企業では残業縮小に向けて生産性の向上に取り組んでいる企業がある半面、長時間労働の“メッカ”である建設、運輸、サービスなど、現在でも人手不足にあえいでいる業界・企業にとっては死活問題になりかねないケースが出てくることも考えられる。長年、長時間労働を前提にしてきた日本の「企業文化」を変えることにもつながることから、「残業は当たり前」の“常識”から抜け出すまでには紆余曲折が予想される。