日米など太平洋を囲む12カ国が参加するTPP(環太平洋経済連携協定)はトランプ米大統領が就任早々の大統領令で破棄したことから、発効は絶望的になった。交渉開始から実に5年半の歳月を掛け、何度も決裂を繰り返しながら、2015年10月にようやく全参加国の合意にこぎ着けたものが、あっさりお蔵入りとなった形だ。
米国は“変質”するのか
TPPは12カ国間の関税撤廃をはじめとする貿易・投資ルールのほか、知的財産権の保護、国有企業に対する優遇措置の縮小、電子商取引のルール化など、31分野に及ぶ包括的な協定。これは従来のFTA(自由貿易協定)などを大きく上回る自由化であり、12カ国それぞれにメリットと同時にデメリットも生じる。それでも各国はメリットの方が大きいと判断、大筋合意を受けて国内法の整備に取り掛っていたところだった。
TPPの最大の特徴は、参加12カ国のGDP(国内総生産)が世界の約4割、世界貿易額の約3分の1を占めるという最大規模の自由経済圏になること。とりわけ、世界1位と3位の経済大国である日米が参加し、両国を中心に貿易・投資ルールが構築され、それが実質的な世界の共通ルールになれば、他地域にとっては大きな脅威になることが予想された。
その「他地域」の代表格が中国であることは、容易に想像できる。中国にとってはTPPが姿を消せば、自国にとって有利な「自由貿易」を推進し、インドなどが参加する米国抜きのRCEP(地域包括的経済連携)の本格構築に乗り出す可能性も出て来る。米国のTPP離脱を最も喜んでいるのは、おそらく中国であろう。米国が「アメリカ・ファースト」の保護貿易主義に舵を切り替え、他国も対抗措置を取る事態になれば、かつての第2次世界大戦につながったブロック経済の再現にもつながりかねない。
日本にとってTPPは農業の自由化が最大課題で、コメなど6品目の「聖域」の扱いを巡って交渉は難航したが、いずれも「無関税の輸入枠」の新設や長期間の関税引き下げなどで乗り切った。「経済効果」は未知数だが、政府の試算では関税撤廃にのみ絞った場合は3.2兆円のプラス、投資ルールの共通化など他項目も含めれば10兆円に膨らむとの試算もあった。人口減少の日本にとって海外市場の自由化拡大は、国内市場の縮小を補って余りあるメリットが予想されただけに、米国の“裏切り”がもたらすショックは決して小さくない。
日米貿易摩擦の再燃か?
それだけではない。当のトランプ大統領は多国間協定よりも、2国間協定を結びたがっているようだ。その方が自国の利益をゴリ押しできるからであり、さっそく日本に対しても対米黒字の縮小や自動車の対日輸出拡大について注文めいた発言をしている。「米国は貿易赤字で損失を出している」「米国に日本車はあふれているのに、日本には米国車が走っておらず、不公平市場だ」といった発言だが、1980年代から90年代にかけて盛んだった日米貿易摩擦の再燃を思い起こさせる。あの“不毛な”交渉で一体何が前進したか、果たしてわかっているのか、いないのか。
NAFTA(北米自由貿易協定)について、メキシコからの対米輸出品には高率関税を掛けるといった“脅迫”は明白な協定違反であろう。TPPからの離脱にしても、なぜそうするのか、各国に納得できる説明をした跡もない。自分に有利になるなら、すべてビジネスライクに処理する、と考えているフシさえみられる。
米国では「100日のハネムーン期間」と称して、新政権が誕生して3カ月ほどは「お手並み拝見」のためにメディアなどの批判や論評は避ける慣例がある。それはそれで合理的だが、就任早々、重要な政策変更を矢継ぎ早に打ち出す新大統領に対しては無意味かもしれない。日本は政府を挙げて情報収集と対米交渉を急ぐべきだ。こうした時こそ、真の外交手腕が問われる局面ではないだろうか。
(本間俊典=経済ジャーナリスト)