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2017年1月 9日

古賀伸明連合総研理事長に聞く(上)

「働き方改革」は成長が目的ではない

 「働き方」を巡る議論が日本中を覆っている。少子高齢化が急ピッチで進み、労働力人口が減少するという、戦後日本が初めて直面する課題解決の一環だ。なぜ「働き方」を変える必要があるのか、私たちはどのような「働き方」を目指すべきなのか。長年の労働運動を通じて、働く意味を問い続けてきた連合総合生活開発研究所の古賀伸明理事長(前連合会長)に聞いた。(大野博司、本間俊典=報道局)

―― 戦後日本の経済成長の推進力となってきた終身雇用、年功序列という労働制度が機能を弱めています。しかし、その代わりとなる制度となると議論百出の状態で、まだ社会的な合意形成には至っていません。

is170109_1.jpg古賀 これは日本だけでなく、先進国に共通する問題です。1980年代から世界をけん引してきたのは、英国・米国を中心にした新自由主義の流れでした。その象徴が世界銀行やOECD(経済協力開発機構)やIMF(国際通貨基金)で、市場主義と規制緩和を通じて経済を成長させる考え方です。「富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が滴り落ちる」というトリクルダウン方式の政策が世界各地に拡大していったのです。

 ところが、2010年代に入ると「経済成長」よりも「格差是正」が議論され始めました。OECDは14年末に「格差と成長」というレポートを出し、その中で“所得格差が拡大すると経済成長は低下する”と分析しています。14年の閣僚理事会では、トリクルダウンと対極にある「インクルーシブ・グロース(包摂的成長)」を打ち出しました。IMFも社会・経済の安定と持続的な成長のためには、所得格差の改善、堅固な社会的セーフティネットの構築、最低賃金制度の整備、そして女性の活躍を進めることの重要性を指摘しています。成長一辺倒の政策や社会体制が限界に来ていることを明確に示したもので、「包摂」「全員参加」は世界的なキーワードになっています。

―― そのためには、働き方も変えていかなくてはならないということですか。

古賀 そういうことですが、まず労働時間の短縮が重要で、それは今に始まったことではないんですね。1986年に発表された「前川リポート」には、日本は長時間労働であり、国民生活の質の向上のためにも“労働時間の短縮により自由時間の増加を図るとともに有給休暇の集中的活用を促進する”という提言が盛り込まれています。私たちは新鮮に受け止め、政労使で「年間総実労働時間1800時間」の実現に取り組んだのですが、残念なことに、その直後から始まったバブル経済に飲み込まれてしまい、結果的に改革は大きく遅れてしまいました。

 しかし、あれから30年過ぎた現在は、間違いなく超少子高齢・人口減少下の成熟社会です。成熟した社会では「男性・正社員・長時間労働モデル」を壊して、「多様な働き方ができるモデル」を構築しないと、いくら「女性の活躍推進」「ダイバーシティー」などと叫んでも実現しません。

 早急に、法律で労働時間規制を強めなければなりません。時間外労働の上限規制、EU(欧州連合)が導入しているインターバル規制や、有給休暇を完全取得できる実効性のある制度が必要です。その一方で、IоT(モノのインターネット)やAI(人工知能)などの情報技術を駆使して生産性を高めていく必要もあると思います。

相互の助け合い、支え合いがカギになる

―― そこが、政府の主導する「働き方改革」の発想と異なる点ですね。

古賀 政府は、経済成長を実現する政策の一環として進めています。それに対して、私は一個人の人生をどう豊かに送るかという視点を根本に据えなければならないと思っています。超少子高齢・人口減少社会の日本では、自分の人生だけでなく、相互の助け合い、支え合いが絶対に必要になります。

 その意味で、個々人も仕事だけに役割と責任を果たすのでなく、家族や地域社会にも役割と責任を負わないと「持続可能な社会」の実現は困難でしょう。そこが政府の発想と大きく違うわけで、人口が1億人を割り込んでも、国民が生き生きと暮らせる社会をどう実現するかといった議論が足りません。 (続く)


古賀 伸明氏(こが・のぶあき)1952年、福岡県出身。宮崎大学工学部卒業後、松下電器産業(現パナソニック)に入社。96年に松下電器労組中央執行委員長に就任。2002年に電機連合中央執行委員長、2005年に連合事務局長、09年に第6代連合会長に就任。15年退任、連合総研理事長に就任して現職。

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