EU(欧州連合)離脱か残留かを決める英国の国民投票は6月、大方の予想を裏切って僅差で離脱が決まった。その後、離脱派幹部の“敵前逃亡”などのスッタモンダを経て、メイ政権の発足などでやや落ち着きを取り戻しつつある。今後、日本を含む世界経済にどのような影響を及ぼすのだろうか。先行きは霧に包まれている。
離脱が決まった直後のメディアの混乱はひどかった。「欧州分裂」「世界経済に打撃」などの見出しを掲げ、狼狽した金融市場の乱高下を連日伝えたことから、今にも世界経済が崩壊するのではないかといった社会ムードを醸し出した。想定外の事態に対する“狼狽報道”とでもいうものであり、「日々勝負」の金融市場が一時的に乱高下するのは仕方がないにしても、中長期的な観点に立った“深層報道”は少なかったように思う。
離脱・新ルール交渉、年内はなし
離脱による中長期的な影響はさまざまな局面が考えられるが、とりあえずは英国とEUとの離脱交渉の行方と、同時に結ぶはずの経済協定の内容が最大の焦点になるだろう。離脱交渉は英国から離脱通告が行われ、それから2年が期限となっているものの、メイ首相は国内の準備を優先するため、メルケル独首相との会談で「年内の通告はしない」と述べ、理解を得たという。
離脱によって、従来はEU域内で通用した自由化ルールなどが適用されなくなることから、両者のヒト、モノ、カネの移動をどのように取り決めるのか、関税や投資ルールをどう規定するのかといった重要な交渉が必要になる。しかし、2年でまとまる見通しはなく、実体経済にとっては長期に及ぶルール変更過程になるととみられる。
その場合、日本経済に及ぶ影響もジワジワとしたものになるであろう。日本と英国の貿易額は約1兆8600億円(2014年、貿易統計)程度で、日本にとっては中国、米国などよりはるかに少なく、国・地域ランクでも上位16位ほど。問題は貿易ではなく、英国での現地生産用に投下した投資だ。英国には1000社を超す日系企業が進出しており、累計投資残高は約9.2兆円(14年末)と米国に次ぐ2位の投資相手国だ。
その中心はシティーでの業務拠点を置く銀行・保険の金融業界だが、現在は自動車業界が対EU大陸国への輸出窓口として、英国で大規模な自動車生産を展開している。日英の良好な関係や英語圏のメリットを背景にしているため、関税・投資ルールがどのように変更されるかによって輸出条件なども変わって来る。それが見えて来るのは交渉の行方次第だから、今のところは五里霧中といったところだ。
日英に共通する「シルバー民主主義」の危うさ
今回の英国民の判断は単なる経済問題ではなく、2回の大戦に対する反省から「欧州統合」という大目標に向けて作り上げたEUの理念に冷水を浴びせた点が最大の問題であろう。それは、世界全体が「開かれる」のか、再び内向きに「閉じこもる」のか、という流れに大きな影響を与える可能性がある。
今回の英国民の判断が正しかったかどうか、他国民が軽々に評価すべきことではないが、あえて日本にとっての教訓を探し出すとすれば、私は「シルバー民主主義」の危うさではないかと思う。国民投票の全体では52対48の僅差で離脱派が残留派を上回ったが、年代別にみると20~30代の若者層は6割以上が残留支持だったのに対して、65歳以上になると6割以上が離脱支持だったという。
それが投票結果に反映されたとすれば、年配者の多くが感じているとされる「移民問題」や「大英帝国への郷愁」といった感情が、「経済メリット」という理性を上回ったことになり、そのような分析もみられた。どちらが、今後の英国を支える支柱として適切だろうか。
どこか、日本と同じではないか。私は7月18日の本欄で「消費増税再延期、政治決定の軽さ」を書いて「シルバー民主主義」に対する懸念を述べたが、7月の参院選は与党の圧勝に終わり、年金、医療、介護などの社会保障では、高齢者に手厚い現在の政策が“信任”されたことになる。その意味で、日英両国とも「シルバー民主主義」の国であり、国の将来を若者ではなく高齢者が決めてしまっていいのか、強い疑問を感じる。
(本間俊典=経済ジャーナリスト)