3 ヨーロッパの模倣――有期・パート・派遣の共通ルール
わが国の法律学は、かつて輸入法学といわれた。ドイツ法やフランス法をモデルとする傾向には、いまだに根強いものがある。ヨーロッパが欧州連合(EU)に統合されたことにより、EU加盟国を拘束する指令(directives)がモデルとすべき法令に加わった。
こうしたなか、1990年代後半以降およそ10年をかけて、パートや有期、派遣の領域においては、順次、EU指令が採択される(1997年にパート、99年に有期、2008年に派遣の順)。そして、これらの指令には、その共通項ともいえる条項として、「差別禁止の原則(principle of non-discrimination)」や「均等待遇の原則(principle of equal treatment)」が定められることになる。
例えば、1999年6月28日の指令によってオーソライズされた有期契約労働の枠組みに関する労使合意は、次のようにいう。
1.労働契約に期間の定めのあることのみを理由として(solely because they have a fixed-term contract or relation)、労働条件について、有期契約労働者(fixed-term workers)を、比較可能な無期契約労働者(comparable permanent workers)よりも不利益に取り扱ってはならない。ただし、異なる取扱いが客観的な事由(objective grounds)によって正当化される場合は、この限りでない。
2.比例原則(principle of rata temporis)を適用することが適当である場合には、これを適用する。
3.本条を適用するための措置は、加盟国が労使団体(social partners)との協議を経た上で、EU法、国内法および労使間の協約・慣行に従って定めるものとする。
4.特定の労働条件について、一定期間勤続したこと(length-of service)をその要件とする場合には、有期契約労働者と無期契約労働者との間で差異を設けてはならない。ただし、要件とされる勤続期間の違いが客観的な事由によって正当化される場合は、この限りでない。
その内容は、1997年12月15日の指令によってオーソライズされたパートタイム労働の枠組みに関する労使合意(4条)をほぼコピー・ペーストしたものであり、4項の内容が若干異なること(パートタイム労働については、勤続年数のほか、労働時間や収入を要件とすることが加盟国には認められる注1)、および1項でパートタイム労働者が有期契約労働者と、フルタイム労働者が無期契約労働者と置き換えられたといった点を除けば、双方の間に差異はなかった。
いずれの指令においても、禁止されるのは、労働契約に期間の定めのあること、またはパートタイムで働いていることのみを理由とする不利益取扱いであって、そうした不利益取扱いであっても、客観的な事由により、これを正当化することができる場合には、例外が認められる。つまり、労働契約に期間の定めのあることや、パートタイムで働いていることが不利益取扱いの理由の一つにすぎない場合には、客観的な事由による正当化までは求められない。そんな構造になっていることにも留意する必要がある。
他方、労使間で合意が成立しなかったため、有期契約労働やパートタイム労働とは違い、労使合意をベースとすることなく採択された2008年11月19日の派遣労働に関する指令には、次のような規定が設けられた。
均等待遇の原則
1.派遣期間中における派遣労働者の基本的労働条件は、派遣先事業所において同一の仕事を行うために直接雇用されたとすれば適用される労働条件を下回ってはならない。その際、派遣先事業所に適用される、(a)妊産婦、児童及び年少者に対する保護、(b)男女間の均等待遇のほか、性、人種、宗教、信条、障害、年齢又は性的指向を理由とする差別禁止に関する派遣先のルールは、法令、労働協約その他の規範に適合するものでなければならない。
2.賃金について、加盟国は、派遣元事業主と無期雇用の契約を締結した派遣労働者が派遣されていない期間においても賃金を継続して支払われる場合には、労使団体との協議を経た上で、前項の原則を適用しない旨を定めることができる。
3.加盟国は、労使団体との協議を経た上で、加盟国が定めた条件のもとで、派遣労働者の全般的な保護を図りつつ、第1項の原則とは異なる労働条件を規定した[一定の産業部門または地域を対象とした]労働協約を締結し、又はこれを承認する権限を当該労使団体に付与することができる。
4.派遣労働者に対して適切な保護がなされることを条件として、加盟国は、法律又は慣行により労働協約を一定の産業部門又は地域に拡張適用する制度が存在しない場合には、全国レベルの労使団体の協議とその合意をもとに、均等待遇原則の適用を受けるために必要とされる期間等、基本的な労働条件に関する当該原則の適用要件を定めることができる。 (後段、略)
5.略 (本条の適用を免れるための脱法行為の防止措置)
派遣の場合、派遣労働者と派遣先との間には雇用関係が存在しないことから、派遣先の直用労働者との均等待遇といっても限界がある。均等待遇の原則より、その例外について定めた規定のほうが長くなった理由も、そこにある(注2)。
差別禁止にせよ、それを言い換えた均等待遇にせよ、一定の歯止めや適用除外等の例外について規定した定めがなければ、そもそも指令は制定されなかった。他方、ヨーロッパとわが国では、社会の伝統や雇用慣行も大きく異なる。仮に同じような定めを法律に規定するとしても、ヨーロッパの何倍も知恵や工夫が必要になる。知恵も工夫もない模倣は、かえって災厄を招く。こういって、間違いはあるまい。
注1:このことからもわかるように、勤続年数や労働時間数等を権利行使や給付を受けるための要件とする法令の存在が、そこでは念頭にある。
注2:派遣労働に関する指令は、均等待遇の原則(原案の段階では「差別禁止の原則」)を、派遣労働の活用に対する制限・禁止の見直し(4条)と対をなすものとして位置づけていたことにも注意。拙著『労働市場改革のミッション』(東洋経済新報社、2011年)209頁以下、212-213頁を参照。
小嶌 典明氏(こじま・のりあき)1952年大阪市生まれ。神戸大学法学部卒業。大阪大学大学院法学研究科教授。労働法専攻。小渕内閣から第一次安倍内閣まで、規制改革委員会の参与等として雇用・労働法制の改革に従事するかたわら、法人化の前後を通じて計8年間、国立大学における人事労務の現場で実務に携わる。
最近の主な著作に、『職場の法律は小説より奇なり』(講談社)のほか、『労働市場改革のミッション』(東洋経済新報社)、『国立大学法人と労働法』(ジアース教育新社)、『労働法の「常識」は現場の「非常識」――程良い規制を求めて』(中央経済社)、『労働法改革は現場に学べ!――これからの雇用・労働法制』(労働新聞社)、『法人職員・公務員のための労働法72話』(ジアース教育新社)、『労働法とその周辺――神は細部に宿り給ふ』(アドバンスニュース出版)、『メモワール労働者派遣法――歴史を知れば、今がわかる』(同前)がある。