1月4日に開会した第190通常国会は、6月1日に150日間の会期末を迎える。昨年10月に発足した第3次安倍改造内閣として初めて臨んだ国会だったが、今国会のキーマンとなるはずの重要閣僚が秘書絡みの金銭問題で早々に辞任に追い込まれ、出はなをくじかれた。加えて、立法府の最低限の役割である複数の与野党対決法案の本格審議を見送ったり、国会とは別の場所で政府の“選挙公約”に似た中長期政策プランを掲げたりと、7月の参院選を過度に意識した動きが最後まで際立った。全体経過と注目度の高い厚生労働・雇用分野の政府提出法案について検証する。(報道局)
会期中の主な政治的な出来事
想定外の事案が発覚したり、天災などへの突発的対応を迫られたりするのが国政の“特徴”のひとつで、そうした出来事が法案審議の進ちょくを左右する。事案ごとの詳しい論評は別の機会に譲るとして、今国会の全体像を押さえておくため、主な出来事を時系列で整理した。
【2016年1月】
4日=通常国会召集。2009年に当時の麻生太郎首相が召集した1月5日より早く、1月召集が定着した1992年以降で最も早い異例の対応。
22日=16年度予算案が衆院で審議入り。
24日=沖縄県の宜野湾市長選で、自民・公明が推薦する現職が2回目の当選。
28日=建設業者からの秘書を含む金銭授受疑惑で、甘利明経済再生・TPP(環太平洋パートナーシップ協定)担当相が辞任。後任に石原伸晃元環境相が就任。
【2月】
12日=不倫疑惑を認めた衆院京都3区の宮崎謙介議員(自民)が辞職を表明。16日に衆院本会議が辞職を許可。
19日=野党5党(民主、共産、維新、社民、生活)の党首が、7月の参院選や国会対応における出来る限りの協力・共同歩調を共有。昨年9月に成立した安全保障関連法を廃止する法案を衆院に共同提出。
23日=野党5党(同)の幹事長・書記局長会談で、参院選対応を協議。共産が一人区で党公認候補の多数を取り下げる意向を示し、野党共闘に向けた調整が本格始動。昨年12月に結成された野党の「おおさか維新の会」は、対案・提案型、国会改革などを掲げて独自路線を貫く。
同日=一億総活躍国民会議(議長・安倍晋三首相)が、雇用形態にかかわらず同じ仕事に同じ賃金を支払う「同一労働同一賃金」の導入に向け、議論開始の体制づくりを始める。安倍首相が今国会の施政方針演説(1月22日)で発言していた「働き方改革」の一環。
26日=民主と維新の両代表が3月中の合流を目指すことで合意。
同日=新党大地の代表代理で、民主の鈴木貴子衆院議員(比例代表北海道ブロック)が民主に離党届を提出。
【3月】
1日=16年度予算案が衆院で可決。憲法の規定に伴い、年度内の成立が決まる。
23日=「同一労働同一賃金」の導入に向けた有識者検討会が初会合(厚生労働省と内閣官房の所管)。どのような事例が不当な賃金格差に該当するかを具体的に示すガイドライン(指針)の策定とともに、導入に必要な法整備などについて検討していくことを確認。
24日=衆院本会議で、TPPの承認案や関連法案を集中審議する特別委員会の設置を決め、同日中に初の特別委開催。農業関係者らの不安が残る中、政府・与党は今国会での承認を目指す。与野党対決の筆頭格。
27日=民主と維新の両党が合併した新党「民進党」が結党大会。無所属議員ら数人も参加。
同日=熊本県知事選挙で、自民・公明が支援する現職が3選。
29日=昨年9月に成立した安全保障関連法が施行。
同日=参院で16年度予算案が可決、成立。一般会計の予算額は、過去最大の約96兆7000億円。
【4月】
14日=熊本県で気象庁の震度階級で最大の震度7や6強の地震が発生。死者が49人(5月30日現在)に上り、激甚災害に指定(4月25日付)される。発生以降、熊本と大分などを中心に余震が相次ぐ。
19日=政府への野党の攻勢や熊本地震の対応などで断続的に中断していたTPP特別委について、政府は今国会の承認断念。継続審議とし、秋の臨時国会へ。
24日=衆院議員の補欠選挙で、北海道第5区は自民公認、公明・新党大地・こころ推薦の和田義明氏が、無所属で民進・共産・社民・生活などが推す野党統一候補を制し初当選。京都3区は民進公認の泉健太(社民推薦)が圧勝。自民は候補者を擁立できず不戦敗。
【5月】
18日=一億総活躍国民会議が今後10年間の中長期の政策を盛り込んだ「ニッポン一億総活躍プラン」を示した。「働き方改革」では、非正規労働者の待遇改善を重要課題と位置づけ、「同一労働同一賃金の実現に踏み込む」と明記。31日に閣議決定へ。
正規と非正規の「合理的理由のない待遇の差」を明示するガイドラインを作成(年内メド)し、関連する法律(労働契約法、パートタイム労働法、労働者派遣法)の改正を3年後の19年度実施とするスケジュールも示した。最低賃金の時給を全国加重平均で1000円とする目標も記した。このほか、保育士と介護士の人材不足を解消する施策なども盛り込まれたが、今後の議論・検討に委ねられた部分や財源確保の必要な項目が並ぶ。
26~27日=日本を議長国に、伊勢志摩で主要国首脳会議(サミット)が開かれる。終了後の会見で安倍首相は来年4月の消費増税の再延期を示唆。
27日=オバマ米大統領が広島市の平和記念公園で原爆死没者慰霊碑に献花。現職の米大統領として初の被爆地・広島訪問となる。
28日=安倍首相、消費税10%の引き上げを2年半延期(19年10月)する意向を固め、関係者と調整に入る。
【6月】
1日=国会閉会予定。
労基法改正案は2国会にわたり塩漬け状態
政府提出の厚生労働関係法案は、最終的に新規8本、労働基準法改正案など前国会からの継続審議法案は3本となった。法案ごとの結果と経過は下記の通り。
○新規提出法案。(※は予算関連)
※(1)雇用保険法等の一部を改正する法律案(育児・介護休業法など6法案セット)=成立
※(2)戦傷病者等の妻に対する特別給付金支給法及び戦没者等の妻に対する特別給付金支給法の一部を改正する法律案=成立
※(3)児童扶養手当法の一部を改正する法律案=成立
※(4)特定B型肝炎ウイルス感染者給付金等の支給に関する特別措置法の一部を改正する法律案=成立
(5)児童福祉法等の一部を改正する法律案=成立
(6)公的年金制度の持続可能性の向上を図るための国民年金法等の一部を改正する法律案=未着手、継続審議へ
(7)障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律及び児童福祉法の一部を改正する法律案=成立
(8)臨床研究法案=衆院で審議中
(国会開会時点で、「提出検討中」に置いていた法案を5月13日に提出)
○前国会で衆議院において継続審議となっている法案(1本)
(1)労働基準法等の一部を改正する法律案=未着手、継続審議へ
○前国会で衆院を通過し、参院において継続審議となっていた法案(2本)
(1)社会福祉法等の一部を改正する法律案=成立
(2)確定拠出年金法等の一部を改正する法律案=成立
上記の計11本の状況をみると、成立本数は8本に上るが、与野党対決法案で前国会から持ち越しとなっていた労働基準法改正案は未着手のまま。つまり、政府は“重量級”法案をTPP特別委と同様に見送った格好となる。
労基法改正案は、(1)労働時間でなく成果で評価される「高度プロフェッショナル制度(高度プロ制度)」の創設だけにとどまらず、(2)フレックスタイム制の清算期間を現在の1カ月から3カ月に延長、(3)裁量労働制の対象となる企画業務型に、法人向けの課題解決型提案営業などを加える、(4)年次有給休暇が10日以上ある労働者の場合、5日は企業側が時季指定、(5)中小企業における月60時間超の時間外労働に対する割増賃金率の適用猶予の廃止――などが盛り込まれている。
これには、労使双方からそれぞれ異なる部分で反対と懸念が強いこともあり、3国会目となる秋の臨時国会で、大幅な修正か、場合によっては「取り下げ、修正して出し直し」も検討する段階に入ってきた。
外国人技能実習適正実施法案は臨時国会で成立へ
法務委員会を議論の舞台とする厚労省と法務省共管の新法「外国人技能実習適正実施法案」は、今国会での成立を強く目指していたが、秋に見送られた。4月6日から衆院法務委で「出入国管理・難民認定法改正案」とセットで審議。5月13日までに計23時間以上の質疑を展開し、採決に向けた動きもあったが、熊本地震関連の補正予算などが審議日程に間接的に影響を与え、政府は参院選後に衆院で可決し、参院に送る“安全策”を選択した。
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