2016年春闘は自動車、電機などの大手労組が相次いで経営側に要求を提出、3月16日の集中回答日に向けて労使交渉が本格化している。今年は過去2年以上に「官製春闘」の色彩が強まっているが、ここに来て景気減速と日銀が実施した「マイナス金利」が交渉に微妙な影を落としており、着地点が見えにくくなっている。(報道局)
今回は、経営側が年収ベースでの賃上げを重視する姿勢を強める中、労組側が重視するベースアップ(ベア)がどこまで広がるかが最大の焦点となっている。
「月例賃金」にこだわった連合の
中央総決起集会=2月5日
実は、昨年11月の「官民対話」で賃上げ自体の流れはすでにできていた。経団連の榊原定征会長は、名目3%成長への道筋を視野に、収益が拡大した企業に対して前回を上回る賃上げを表明し、安倍首相は「しっかり実行するよう、期待している」と歓迎した。これは、歓迎に名を借りた“念押し”であり、「必ずやってくれ」という政府の強力な要請に他ならない。
経済界にとって、アベノミクス効果で収益がアップしたのは確かであり、政府は16年度から法人税率も段階的に20%台に引き下げることを決定している。「稼ぐ力」を取り戻せるよう、政府にあの手この手の支援を受けているだけに、賃上げ要請に応じないわけにはいかないというのが実情だ。
一方、1月に開かれた連合の新年交歓会には日銀の黒田東彦総裁が出席し、「2%の物価上昇は、それに見合った賃金上昇がなければ持続可能ではない。日銀も連合もそれぞれの役割を果たそう」と呼びかけ、賃上げにエールを送った。
政府・日銀の「経済の好循環」を巡る考えはほぼ一致しており、いわば安倍首相と黒田総裁が手分けして労使に賃上げを迫る二人三脚ぶりを強く印象付けた形だ。労使という当事者間の交渉の前に、賃上げに向けた環境は出来上がっていたと言える。
ところが、昨年来の原油安や中国経済の減速、年初からの株安傾向、昨年10~12月期のマイナス成長といった不安要因に加えて、景気テコ入れを狙った日銀のマイナス金利が市場をかく乱するなど、今年の春闘を取り巻く環境は一気に不透明さを増してきた。
労組側の要求は抑制気味
それを意識して、自動車、電機など相場をけん引する労組のベア要求は軒並み昨年を下回り、金属労協によると平均要求額は3810円と過去3年の最低水準。メガバンクや保険会社の一部に至っては、マイナス金利の“被害”を受ける預金者らの反発を考慮してか、ベア要求の見送りに傾くという腰の引けた対応に出ている。
マイナス金利は、金融機関が日銀に預けている当座預金全体の1割程度に適用されるに過ぎず、これまでの金融緩和に“付け足した”政策に過ぎないが、市場は過剰に反応。一時は円高・株安を招き、日銀の狙いに逆行する現象が起きた。このため、労使ともマイナス金利を金融面からの「応援」と受け止めず、「先行き不安」と受け止めがちで、それが交渉に影を落としている点は否定できない。
政府・日銀は2%の物価上昇を目標にしているため、賃上げ幅はそれを上回る3%以上程度にならないと、物価上昇を除いた実質賃金のプラス転換は不可能だが、労組側の要求内容を見る限り、ベアの大幅アップは実現しそうにない。結局、ボーナスなどの一時金を積み増すことで、年収レベルのアップを目指す流れが強まっているが、その場合、一時金のない多くの非正規労働者との格差が拡大しかねない。
厚生労働省の毎月勤労統計調査(速報)では、実質賃金は昨年が0.9%減となり、4年連続のマイナスを記録。経済の「好循環」が全体の賃金に波及していない実態を浮き彫りにしており、「月例給のアップにこだわることで、消費活動も活発になる」(神津里季生連合会長)という労組上部の掛け声も迫力不足の感は否めない。集中回答日までに、「すべての労働者の処遇改善」にどこまで切り込めるか、労組側の本気度が試されている。