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2016年2月 1日

◆経済トピックス◆ 軽減税率とインボイス

消費増税でもめた背景に政治不信?

 2017年4月に予定されている消費税の10%アップを巡り、昨年秋から政府・与党で議論された内容は主に2点に絞られた。一つは軽減税率の対象、もう一つはインボイス(税額票)の導入。どちらも税の「公平性」に絡む問題であり、今国会の予算委員会でも議論を呼ぶのは必至だ。

 まず、軽減税率は低所得世帯と高所得世帯が同じ税率だと、低所得世帯の負担率が高いという消費税の「逆進性」を緩和するために設けるもの。従って、高額品ではなく、食品など生活必需品の税率を現行の8%に据え置く方向で検討が進んでいたが、自民と公明の与党内でその線引きを巡ってもめにもめた。

 財務省の試算では生鮮品だけなら約3400億円、飲料・菓子類まで含めた加工食品全体に広げると約1兆円の減収になるという。10%に上げた場合の増税分は約5.4兆円と見込まれているから、生鮮品だけなら6%程度の減収で済むが、加工品まで対象にすると19%もの減収になる。このため、財源不足を気にする財務省や自民党が生鮮品だけに限定しようとしたのに対して、「生活重視」を掲げる公明党が加工食品まで含めるよう主張して鋭く対立した。

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マグロ単品(左)は生鮮品だが、盛り合わせ(右)
になると加工食品、といった線引きはひとまず
不要になったが……

 現実には生鮮品と加工食品、加工食品内の線引きともむずかしく、グレーゾーンの商品が大量に出て来る可能性がある。軽減税率を採用している欧州各国などでも同様な問題がみられるから、日本だけが大変というわけではないが、日本も導入すれば当初は相当な混乱に陥る可能性が高いこともあって、最終的には公明党の主張が通った形だ。

 専門家の間では、問題の多い軽減税率を設けず、低所得世帯には後で税還付する現行の方式を拡充するという提案も出ていた。これなら、低所得世帯だけの負担が緩和されるから、軽減税率よりもはるかに趣旨を徹底できる。ところが、自公両党とも「還付方式では、買い物をする時の痛税感が緩和されない」という理由で採用しなかった。言い換えると、「軽減の“ありがた味”を感じにくい」というわけであろう。

腰が引ける「益税」解消の方策

 もう一つのインボイス方式の是非は、軽減税率以上に問題が多い。そもそも、これは消費税の創設時から課題になっているもので、企業は売り上げに掛かった消費税額と仕入れに掛かった消費税額の差額を納税する。現行では税込み額だけをまとめて申告するだけでいいが、インボイスが採用されると、異なる税率の税額を逐一記入、申告しなければならない。

 このため、中小企業などが「事務負担の増加」を理由に、今回もインボイスの導入に強く反対した。しかし、欧州各国ではすでに広く採用されており、企業側から特に苦情は出ていないというから、反対には説得力がない。先進国で採用していないのは日本だけであり、制度開始から25年以上も経ち、企業会計向けのITソフトも飛躍的に進歩しているのに、いまだに実現していないのは国際的にも恥ずかしい話ではないか。

 しかも、現行では年間売上高が1000万円以下の零細事業者には「事業者免税点制度」と呼ぶ特例があり、消費税を納めなくてもよい。また、5000万円以下の企業も「簡易課税制度」による過小納税が可能になっており、これらをまとめて「益税」と呼んでいる。年間の益税総額は5000億円に上るとの試算もあり、生鮮品の軽減分を上回る規模だ。消費者にすれば「税率を上げる前に、益税の解消を」と言いたいのは当然であろう。

 だから、インボイスを導入して中小企業にも申告を義務付ければ、こうした不公平はかなり解消される。加えて、税務当局による取引の追跡調査も容易になって、脱税などの不正行為を防ぎやすくなる。税の「公平性」の観点から導入を求める声は多いが、これも与党サイドは「時間がない」という理由で消極的な姿勢に終始した。要は中小企業の票を失いたくないからだろうが、批判に抗し切れず、21年4月からの導入を決めた。もっとも、本当に導入するかどうかは、その時になってみないとわからないが。

税率アップの騒ぎ過ぎ

 私に言わせれば、政府・与党、マスメディア、国民とも消費税の税率アップになぜそれほどこだわるのか、よくわからない。欧州などでは税率20%前後が普通であり、1%程度の税率アップは日常茶飯事に行われている。それに対して、日本は数少ない一ケタ台の国でありながら、税率アップになると「景気に悪影響を及ぼす」「政権が持たない」と大騒ぎする。どこが違うのだろうか。

 その原因をいろいろ探っていくと、国民の「痛税感」、あるいは政府に対する「信頼感」の違いが根底にあるようだ。平たく言えば、消費税率が幾ら高くても、公平な課税制度が実施され、納めた税金がきちんと国民福祉に使われるという確信があれば、多くの国民は痛税感など覚えず、喜んで納税するであろう。その意味では、インボイス導入だけでもその確信はかなり高まるのではないかと思う。

 同時に、日本の財政が国債の大量発行という借金財政を通じて、医療・福祉政策を維持してきた点も、今となっては大きなデメリットだ。これまでの日本は、いわば「低負担・中福祉」の国だったが、一度、それに慣れてしまうと、「中負担・中福祉」に軌道修正しようとしても、「負担増」の意識だけが先に立ってしまうのが人情だ。増税という直接的な痛みを避け、国債という間接的な痛みに頼ってきた歴代の政府・与党、とりわけ政権与党の罪は大きい。

 税の問題が理屈通りに行かないことが多いのは事実としても、与党の腰が座らないまま、課税の原則を自ら骨抜きにして目先の人気取りに終始している印象は拭えない。税率10%で問題が収まるほど、日本の財政に余裕があるわけではなく、国民の「負担と給付」に関する厳しい現実と正面から向き合う議論を避けている限り、政府への疑心暗鬼は解消しないであろう。こうした本質的な問題にどこまで踏み込めるか、国会の審議を見守りたい。

(本間俊典=経済ジャーナリスト)
 

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