2015年に行われた労働者派遣法の改正、そして、16年に審議入りが予定されている労働基準法の改正。派遣法の改正は、3度目のトライでようやく成立し、労基法の改正については、成立が見込める状況にいまだない。
成立後に3週間足らずで施行された改正派遣法、また、16年の通常国会に引き続き上程されたままとなる労基法改正案であるが、その内容に必ずしも現場が満足しているわけではない。改正派遣法には欠陥があり、労基法改正案にも問題が残されているからだ。
本稿では、そうした現実に焦点をあてることによって、雇用・労働法制の分野における2015年の回顧と16年の展望を年末年始にかけて行ってみたい。
Ⅰ 2015年の回顧――改正派遣法
見出しのない欠陥条文――「労働契約の申込みみなし」規定
1985年の派遣法制定(制定当時の名称は「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律」)に伴い、職業安定法(職安法)には次のような規定が設けられる。
第5節 労働者派遣事業
(労働者派遣事業)
第47条の2 労働者派遣事業に関しては、労働者派遣法の定めるところによる。
このように、章や節のタイトルと条文の見出しが重複する場合、条文には見出しを付けない。法律の世界には、そんなルールがあるにもかかわらず、建設労働法(建設労働者の雇用の改善等に関する法律)の改正に伴って、これが次のように改められる2005年まで、20年の長きにわたって、この余分な見出しが条文から消えることはなかった。
第47条の2 労働者派遣事業等に関しては、労働者派遣法及び港湾労働法並びに建設労働法の定めるところによる。
他方、2015年の改正派遣法には、これとは逆に、あるべき見出しがない、という欠陥があった。15年10月1日に施行された「労働契約の申込みみなし」規定、つまり派遣法40条の6から40条の8までの定めがそれである。
これらの3条が2012年の派遣法改正により規定された当時は、もともと40条の3にあった(派遣労働者の雇用)という見出しを、40条の4から40条の8までの〝共通見出し〟(注1)とすることが想定されていた。
しかし、2015年の派遣法改正によって、40条の3から40条の5までの規定のすべてが以前とはまったく別の規定と入れ替わることになり、40条の6以下の規定に見出しを付けなければ、40条の5の見出し(派遣先に雇用される労働者の募集に係る事項の周知)が、「労働契約の申込みみなし」規定についても、その〝共通見出し〟になってしまう。
そうした不測の事態に遭遇したにもかかわらず、見出しを付けるのをうっかり失念する。そんなミスがあったのである(注2)。
第40条の5 派遣先は、当該派遣先の同一の事業所その他派遣就業の場所において派遣元事業主から1年以上の期間継続して同一の派遣労働者に係る労働者派遣の役務の提供を受けている場合において、当該事業所その他派遣就業の場所において労働に従事する通常の労働者の募集を行うときは、当該募集に係る事業所その他派遣就業の場所に掲示することその他の措置を講ずることにより、その者が従事すべき業務の内容、賃金、労働時間その他の当該募集に係る事項を当該派遣労働者に周知しなければならない。
2 略
第40条の6 労働者派遣の役務の提供を受ける者(略)が次の各号のいずれかに該当する行為を行った場合には、その時点において、当該労働者派遣の役務の提供を受ける者から当該労働者派遣に係る派遣労働者に対し、その時点における当該派遣労働者に係る労働条件と同一の労働条件を内容とする労働契約の申込みをしたものとみなす。ただし、労働者派遣の役務の提供を受ける者が、その行った行為が次の各号のいずれかの行為に該当することを知らず、かつ、知らなかったことにつき過失がなかったときは、この限りでない。
一 第4条第3項の規定に違反して派遣労働者を同条第1項各号のいずれかに該当する業務に従事させること。
3 第1項の規定により労働契約の申込みをしたものとみなされた労働者派遣の役務の提供を受ける者が、当該申込みに対して前項に規定する期間内に承諾する旨又は承諾しない旨の意思表示を受けなかったときは、当該申込みは、その効力を失う。
4 第1項の規定により申し込まれたものとみなされた労働契約に係る派遣労働者に係る労働者派遣をする事業主は、当該労働者派遣の役務の提供を受ける者から求めがあった場合においては、当該労働者派遣の役務の提供を受ける者に対し、速やかに、同項の規定により労働契約の申込みをしたものとみなされた時点における当該派遣労働者に係る労働条件の内容を通知しなければならない。
第40条の7 略
第40条の8 略
ただ、誰にも凡ミスはある。そうしたミスをあげつらうつもりなど、もとより小職にはない(注3)。むしろ、問題は条文の中身にある。仮に40条の6に40条の8までの〝共通見出し〟を付けるとすれば、(派遣労働者の雇用等)といった見出しを付けることになろう(注4)が、その際、条文の中身そのものについても、もう一度見直してはどうか。「労働契約の申込みみなし」規定については、あまりにも問題が多い。そういわざるを得ないからである(注5)。(つづく)
注1:〝共通見出し〟については、拙著『法人職員・公務員のための労働法72話』(ジアース教育新社、2015年)236―237頁を参照。
注2:拙著『労働法改革は現場に学べ!――これからの雇用・労働法制』(労働新聞社、2015年)163―164頁を参照。
注3:前掲・拙著『労働法改革は現場に学べ!』22―23頁を参照(職安法制定当時の法案ミスに言及)。なお、余分な見出しは、雇用・労働法制以外の領域にもみられる。例えば、現行法である行政手続法37条を参照。
注4:40条の7は、「雇用」とは異なる「任用」という考え方が採用されている国や地方公共団体を対象とする規定であり、そうした場合にも「雇用」という言葉を使用することには無理がある。
注5:詳しくは、前掲・拙著『労働法改革は現場に学べ!』163―187頁を参照。
小嶌 典明氏(こじま・のりあき)1952年大阪市生まれ。神戸大学法学部卒業。大阪大学大学院法学研究科教授。労働法専攻。小渕内閣から第一次安倍内閣まで、規制改革委員会の参与等として雇用労働法制の改革に従事するかたわら、法人化の前後を通じて計8年間、国立大学における人事労務の現場で実務に携わる。最近の主な著作に『職場の法律は小説より奇なり』(講談社)、『労働市場改革のミッション』(東洋経済新報社)、『国立大学法人と労働法』(ジアース教育新社)、『労働法の「常識」は現場の「非常識」――程良い規制を求めて』(中央経済社)、『労働法改革は現場に学べ!――これからの雇用・労働法制』(労働新聞社)、『法人職員・公務員のための労働法72話』(ジアース教育新社)等がある。
【関連記事】
<緊急寄稿>大阪大学大学院法学研究科教授 小嶌 典明さん
派遣法の「労働契約申込みみなし制度」(1)
<緊急提言>大阪大学大学院法学研究科教授 小嶌 典明さん
「労働契約申込みみなし」規定―施行日の延期を―(1)