厚生労働省の有識者会議「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」(座長、荒木尚志・東大大学院教授)が発足し、10月29日に初会合が開かれた。すでに制度化されている個別労働紛争の解決システムの検証と、解雇無効時における金銭救済の制度化についてじっくり議論する。金銭救済に対しては、従来から労使が真っ向から対立しており、議論も紆余曲折が予想される。(報道局)
個別紛争は2008年のリーマン・ショック以降に急増しており、毎年7500件前後に上っている。内容は賃金不払い、いじめ・嫌がらせなどの人間関係、労働条件の引き下げ、「肩たたき」などの退職勧奨、解雇など多様だが、解雇・雇い止めの案件が最多の3~4割を占めている。非正規労働者の増加や過重労働の横行などで、企業の労務管理が追いつかない事情が背景にある。
紛争解決手段の窓口としては現在、都道府県の労働局、都道府県の労働委員会、裁判所の労働審判、民事訴訟などがある。労働局や労働委員会では相談、助言・指導、あっせんの経過を踏む。労働審判では労働裁判官による調停、審判と進み、民事訴訟では和解または判決になる。裁判では弁護士を立てることになり、訴訟費用と時間が掛かる。
ただ、いずれの場合も、労働者の職場復帰に至るケースはほとんどなく、9割以上は会社が労働者に金銭を支払って労働者は退社するのが実情だ=グラフ。問題はその金額。労働審判や訴訟では50万円~200万円の間が最も多いが、あっせんになると10万円~20万円が最多になる。ただ、全体では1万円~5万円から2000万円以上までと非常にバラつきが大きい。金銭解決と言っても“相場”がないことから、「透明、公正」とは言えないとの批判が多い。
初会合でも、労働委員をしている弁護士から「中小企業などでは、労働者側に余裕がなく、10万円程度の金額でも飛びついて来る人がいる」との証言が出た。中小企業は労組のない所が多く、ワンマン経営者に逆らうのはタブーというのが実態であり、働く側も転職先を確保して「自主退職」するケースが後を絶たない。それを見越した経営者が退職の方向に“誘導”しようと、さまざまな圧力を掛け、それがトラブルに発展することもある。
検討会ではこうした労働者側の泣き寝入りを防ぐため、金銭解決のガイドラインを作り、透明化、公正化を図ることが重要な検討課題になる。例えば、紛争を幾つかのパターンに分け、解決額の上限と下限を設定。労働者の勤続年数や収入などを考慮して、その範囲内で解決額を決めるという案も浮かんでいる。
同時に、労働局や労働委員会のあっせんは規制力が弱く、労働者側が案件を持ち込んでも、経営者側が交渉の場に出て来ないケースが半数近くに達しており、あっせんが不調に終わることから、今後、どこまで強制力を持たせるかも課題だ。中小企業の代表委員から「まずは当事者間の交渉に任せるべきだ」といった主張が出てくることも考えられる。
今回、金銭解決については「解雇無効時」における救済制度」としている。これは解雇の可否が裁判などで決まり、仮に解雇が無効とされても、現実には職場復帰が困難な事例が多いことから、事後的に金銭で救済しようという趣旨だ。しかし、解雇が有効か無効か決まるまでには長い時間が掛かるのが現実であり、訴訟以外の紛争処理では短期間の解決を目的にしていることから、交渉はもっぱら解決額に絞られている。
連合などによれば、「解雇無効時における金銭救済制度」といっても、救済制度を充実すれば、解雇の有効無効を問わず、ターゲットにした労働者に解雇を言い渡し、最後は金銭解決に持ち込むことも考えられるという。要は「金さえ払えば解雇できる制度になるだけではないか」との懸念を強く持っており、かねてより制度構築に反対している。
正社員の解雇には厳しい要件
そうした主張の背景には、日本の法律には解雇に関する明確な規定がなく、過去の裁判結果の積み重ねで出来上がった「解雇権の濫用法理」によって規定されており、いわゆる正社員の解雇については企業側にとって厳しい要件が必要になっているという経緯があるため、労働側は「せっかく勝ち取った制度をなし崩し的に骨抜きにされる」(連合幹部)のではないかという疑念がある。
これに対しては「正社員の既得権を守っているだけ」との意見も多く、一部学識委員からは「わずかの補償金で解雇されている多くの労働者の現状から目をそむけているもの」「一部企業に対して不当な利益を与えている」といった鋭い批判が出た。同じ労働者でも、勤務先によって有利不利が変わってくるという不公平な現実を告発したものだ。
検討会では、「失業なき円滑な労働移動」の実現を最大目的にしていることから、あっせんに携わっている外部委員らからのヒアリングなどを通じ、解雇の有効無効よりも金銭解決システムのガイドラインの設定など、労使の使い勝手を良くして紛争を防ぐ方向で議論が進むと見込まれる。しかし、労使の本音と建て前が食い違っている部分も多く、政治なども含んだ「場外乱闘」(有識者委員)の懸念もあることから、労使が納得するまでには難航が予想される。
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