NPO法人「人材派遣・請負会社のためのサポートセンター」(高見修理事長)が主催する、2015年の「派遣・請負問題勉強会」(アドバンスニュース協賛)が、10月13日の第4回勉強会で今年の日程を終えた。「雇用改革の動きと今後の人材サービスを考える」をテーマに、日本の労働市場を取り巻く環境の変化と雇用改革論議の動向を踏まえながら、今後の雇用問題への対応などについて多面的に考察。計9人の講師が登壇し、延べ1200人を超える参加者が知見を深めた。(報道局)
同サポートセンターは、人材サービス業界に携わる企業と管理者に対して、人事・労務管理を中心とする経営相談や教育支援活動を実施。特に、法令順守についての意識改革や人事・労務に関する知識・スキル向上のための支援活動を通じて、派遣・請負企業の経営の安定と従業員の生活向上を目的としている。08年から本格的に活動を展開し、毎年、タイムリーなテーマを据えて講演やシンポジウムなどを開催。その年の活動報告を冊子にまとめて、世論喚起を含めて広く配布している。
今年で8年目を迎えたが、派遣・請負に関する問題や課題に対して、現実と実態を正面からとらえて深掘りする姿勢は、年々評価を高め、企業経営者や労政担当者、人材ビジネス企業・団体、研究機関、労働組合、関係省庁、マスコミなど各方面から参加者が増え、全4回(いずれも都内で開催)すべて満席となった。
【4月21日】 島田、安藤両氏が雇用・就労の柔軟、段階的な改革強調
島田陽一・早稲田大学副総長(法学学術院教授)が「多様化する就業形態と今後の労働法制」、安藤至大(むねとも)・日本大学大学院総合科学研究科准教授が「日本的雇用慣行の課題とこれからの働き方改革」と題して講演した。
島田氏は、政府の規制改革会議・雇用ワーキンググループの専門委員の立場から、同会議が推進している「失業なき労働移動」に向けた雇用改革の3本柱に位置付けている①正社員改革、②民間人材ビジネスの規制改革、③セーフティーネット・職業教育訓練の整備強化のうち、主に②に力点を置いて解説した。
労働者派遣法の改正に対して、「従来の基本的な考え方だった常用代替防止は時代に合わず、派遣の濫用防止に切り替えなければならない。そもそも無期雇用、直接雇用が今も正しいのか、現実的に考えるべきだ」と、背景や経緯などを含めて述べた。また、人材紹介についても、事業所設置や責任者配置など、さまざまな古い規制が残っていて、民間活力が十分発揮できないビジネス環境を問題視し、「新たな事業モデル・サービス推進に向けた見直しは必須」と強調した。
安藤氏は、2007年から10年までの政府の規制改革会議、今年3月末から始まった厚生労働省の「雇用仲介事業等の在り方に関する検討会」の委員などを務めており、①日本的雇用の現状と課題、②これからの働き方改革、③雇用労働分野の議論が難しい理由、④人材ビジネスの未来像――の4項目に整理して、現状と近未来の社会環境を念頭に具体例を交えて「雇用と労働」の課題をひも解いた。
「働き方改革はなぜ必要か」というテーマの中では、極端な改革の危うさも指摘。「次への改革や、必要な前進への一歩が求められた時、極端な政策の結果や反動によって大事な場面で議論する環境、余地がなくなっているという可能性もある」と解説し、現状の課題を把握、認識しながら、改革によるあるべき姿に向かって「成功実績」を着実に積み上げ、進めていく重要性を解いた。
【5月12日】 阿部、小嶌両教授が「労働政策」を経済と法学の視点から切る
中央大学経済学部の阿部正浩教授が「日本経済を支える雇用政策上の課題と今後とるべき政策的対応」、大阪大学大学院法学研究科の小嶌典明教授が「労働市場の現状とこれからの雇用・労働法制」と題して講演した。
阿部氏は、厚生労働省の「雇用政策研究会」委員、内閣府の「仕事と生活の調和連携推進・評価部会」委員、3月末にスタートした厚労省の「雇用仲介事業の在り方に関する検討会」の座長などを務めており、「働く意思、能力、意欲のある人がきちんと仕事に就ける社会が、日本の労働市場が目指す理想的な状態」と位置づけたうえで、そこに近づいているかどうかを完全失業率やUV(失業と未充足求人)、人口減少と高齢化の進展などを示しながら解説した。
また、「1人あたりの生産性を高めなければ、現在のような経済は持続不可能で、女性や高齢者を一層活用する必要がある」と指摘し、「生産性向上」をキーワードに労働力の柔軟な流動化の必要性や定着率を高めるヒントと課題を多面的な角度からひも解いた。
小嶌氏は、小渕内閣から第1次安倍内閣まで、規制改革委員会の参与などとして雇用労働法制の改革に従事する一方、法人化の前後を通じて計8年間にわたり国立大学における人事労務の現場で実務に携わった経験を踏まえて講演。年頭から連載中の「週刊労働新聞」(労働新聞社発行)への寄稿を活用しながら、労働契約法などを含む労働法制にある「一律規制の限界」を指摘し、「求められるのは程良い規制だ」と強調した。
後半は、労働者派遣法について複数の規制項目の成り立ちや経緯などを説明。この日に国会で審議入りした政府提出の労働者派遣法改正案についても時間を割き、事実に反する指摘があることを紹介するとともに、一方で「政令26業務」の撤廃によって生じるリスクなども説いた。
【7月14日】 人材不足にどう対応?中村、川端両氏が講演
リクルートワークス研究所の中村天江(あきえ)主任研究員が「2025年の労働市場を展望する~その時、人材サービス産業は?」、東北大学大学院経済学研究科の川端望教授が「人材獲得競争における世界・中国・日本~IT産業で起こっていること」と題して講演した。
中村氏は、全団塊の世代が後期高齢者の仲間入りをする2025年の日本は、人口減と高齢化を背景に人材不足に見舞われると見通し、雇用機会の喪失と失業者の増加による経済停滞の「衰退シナリオ」と、年齢を重ねても働き続けられる就業者の増加によって経済が活性化する「繁栄シナリオ」の二つを予測。多様な人材活用、人材獲得リテンションの強化、長期的なキャリア形成支援などを通じ、人材サービス業が「働き方の変革エージェント」として機能することで「繁栄シナリオ」を実現できる可能性を示唆した。
川端氏は、日本のIT・通信分野の技術系人材が大量に不足している実態を説明。その理由として、大規模システム開発の集中などの需要側要因と同時に、非正規労働者の増加にみられる企業の人材育成機能の低下を挙げた。
そのうえで、中国大連市の大胆な外国人材の獲得政策を紹介し、日本のIT職場の魅力不足、外国人材の採用の不安定、IT分野のミスマッチなどが要因として、企業内訓練に依存しない、ポータブル技能を育成する教育・訓練システム、より高度なオフショアに向けて日本・中国・東南アジアを一体にした人材確保などの必要性を強調した。
【10月13日】 雇用改革で海老原、濱口、水町の3氏が講演 「フォーラム」も実施
ニッチモ社長の海老原嗣生氏が「雇用改革議論の問題と目指すべき方向~欧米の現状から見る問題点とあるべき姿」、労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎主席統括研究員が「日本型雇用と女子の運命」、東大社会科学研究所の水町勇一郎教授が「世界の労働法改革の方向性と日本の課題」と題してそれぞれ講演した。
海老原氏は、賃金を中心に欧米と日本の雇用構造の違いを説明し、日本も雇用改革が必要と強調。入社から35歳前後までを従来の正社員(全員競争型)と同じ待遇を与え、その後は欧米流のエリート型と非エリート型に分化する「接ぎ木」方式を提案した。
濱口氏は、日本の女性が活躍できない原因を日本企業の「メンバーシップ型」構造に求め、今後は男性正社員の「ノーマルトラック」型から、女性復帰社員の「マミートラック」型を主流に据えることが、日本型男女平等の“ねじれ”を解消するカギになると提言した。
水町氏は、現在進んでいる世界的な労働法制の変化を解説したうえで、日本の改革のカギとして(1)インセンティブのシステム化(2)法的な画一的基準でなく、当事者の「内省」に基づく取り組み(3)個別法の枠組みを超えた総合的なアプローチ――の3点を挙げた。
その後、法政大学キャリアデザイン学部の坂爪洋美教授をコーディネーターに、3氏の「雇用問題フォーラム」が行われ、雇用に関する多様な課題について各氏とも持論を熱く訴えた。また、会場から事前に受け付けた質問などに即答していく試みも設けられ、参加者を交えて踏み込んだ議論が展開された。
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