虚構の法原則――期間制限の必要性を強調するためのレトリック
2015年9月8日の参議院厚生労働委員会における派遣法改正案に関する附帯決議は、その冒頭で「労働者派遣法の原則について」と題する見出しの下、次のようにいう(一の1。赤字の表示は、小職による)。
しかし、「派遣就業は臨時的・一時的なものであるべきとの基本原則」は、今回の法改正により、派遣法の「運用上の配慮」について次のように定めた、同法25条に初めて規定された(赤字の下線部を追加)ルールであり(注1)、従前からこのようなルールが業務の種類のいかんを問わず、存在していたわけではない。
(運用上の配慮)
第25条 厚生労働大臣は、労働者派遣事業に係るこの法律の規定の運用に当たっては、労働者の職業生活の全期間にわたるその能力の有効な発揮及びその雇用の安定に資すると認められる雇用慣行並びに派遣就業は臨時的かつ一時的なものであることを原則とするとの考え方を考慮するとともに、労働者派遣事業による労働力の需給の調整が職業安定法に定める他の労働力の需給の調整に関する制度に基づくものとの調和の下に行われるように配慮しなければならない。
そもそも、わが国の派遣法には、派遣就業を「臨時的・一時的なもの」とする考え方がなかった。派遣労働(労働者派遣)がtemporary work ではなく、worker dispatching と英訳されてきた理由もここにある(注2)。
確かに、1999年の法改正(同年12月1日施行)により、派遣が解禁された自由化業務については、これを「臨時的・一時的なもの」と位置づける考え方が採用されたものの、その対象はあくまで26業務以外の自由化業務に限られていた。
したがって、「派遣就業は臨時的・一時的なものであるべきとの基本原則については本法施行後も変わらない」などと書くと、認識を大きく誤ることになる。
「派遣就業は臨時的・一時的なものであるべきとの基本原則」とはいっても、万古不易の原則では決してない。こうした誤解の上に、今回の法改正を原則からの逸脱として非難する向きもあるが、虚構に基づく非難にプロパガンダ以上の意味はない。
また、附帯決議は「労働者派遣法の根本原則である常用代替の防止」ともいうが、「常用代替の防止」を派遣法の根本原則とすることにも、疑問符が付く。
ここにいう「常用代替の防止」を条文化したものに、「厚生労働大臣は、労働者派遣事業に係るこの法律の規定の運用に当たっては、労働者の職業生活の全期間にわたるその能力の有効な発揮及びその雇用の安定に資すると認められる雇用慣行・・・・を考慮・・・・しなければならない」と定める、先にみた派遣法25条がある。
ただ、このような抽象的表現(下線部)をもって、「常用代替の防止」が派遣法の根本原則ということには、大きな無理がある。
なるほど、この運用上の配慮規定を「根拠」として、期間制限規定が正当化されてきたという事実はある。今回の法改正によって派遣法から姿を消した、次のように定める同法26条旧2項の規定がそれである。
2 派遣元事業主は、[労働者派遣契約に定める]労働者派遣の期間(略)については、厚生労働大臣が当該労働力の需給の適正な調整を図るため必要があると認める場合において業務の種類に応じ当該労働力の需給の状況、当該業務の処理の実情等を考慮して定める期間を超える定めをしてはならない。
とはいえ、この26条旧2項に基づいて制定された大臣告示は、その期間を原則3年と規定してはいたものの、派遣契約に定める労働者派遣の期間については、自動更新は別として、更新そのものを妨げるものではなかった(注3)。
他方、1999年の法改正によって、新たに派遣が認められた自由化業務については、派遣受入れ期間(派遣先が労働者派遣の役務の提供を継続して受けることのできる期間)の制限(原則1年。2003年の法改正―04年3月1日施行―により、過半数組合等への通知と意見聴取という手続きを踏めば、最長3年までの期間延長が可能になる)が課せられることになったとはいえ、26業務については、当然その対象外とされた。
より正確にいえば、このような取扱いは、26業務を「常用代替の恐れのない業務」として位置づけることにより、これが可能になった。今回の法改正によって「削除」されるに至るまで、以下のように定めていた派遣法40条の2の規定がそれである(なお、26業務とは、同条1項1号に定める業務をいう。また、下線は小職による。先にみた25条の下線部と比較参照)。
(労働者派遣の役務の提供を受ける期間)
第40条の2 派遣先は、当該派遣先の事業所その他派遣就業の場所ごとの同一の業務(次に掲げる業務を除く。略)について、派遣元事業主から派遣可能期間(注:原則1年・最長3年)を超える期間継続して労働者派遣の役務の提供を受けてはならない。
一 次のイ又はロに該当する業務であって、当該業務に係る労働者派遣が労働者の職業生活の全期間にわたるその能力の有効な発揮及びその雇用の安定に資すると認められる雇用慣行を損なわないと認められるものとして政令で定める業務
イ その業務を迅速かつ的確に遂行するために専門的な知識、技術又は経験を必要とする業務
ロ その業務に従事する労働者について、就業形態、雇用形態等の特殊性により、特別の雇用管理を行う必要があると認められる業務
二~四 略
2 以下、略
このように、「常用代替の防止」は、「労働者派遣法の根本原則」というには程遠いものがある。こういって、差し支えはない。
では、なぜ、附帯決議は「派遣就業は臨時的・一時的なものであるべきとの基本原則については本法施行後も変わらない」といったミスリーディングな表現を用い、「労働者派遣法の根本原則である常用代替の防止」といったフィクションを冒頭に持ってきたのか。
派遣が「臨時的・一時的なもの」であれば、期間制限があってもおかしくはない。「常用代替の防止」を実効あるものとするためには、期間制限が必須となる。それが期間制限の必要性を強調するためのレトリックであったことは、容易に想像が付く。たとえ、それが虚構であっても、附帯決議に盛り込むことさえできれば、もはや誰も反論できなくなる。そんな〝読み〟もあったに違いない。
ただ、派遣労働者にだけ、なぜ「働く期間を選択する自由」がないのか。仮に期間制限が必要だというのであれば、この憲法の保障する「職業選択の自由」(22条1項)と直接かかわる素朴な問いに、まず答えなければならない。今後の労政審における審議においても、そこから議論が始まることを期待したい。(つづく)
注1:なお、本改正については、拙著『労働法改革は現場に学べ!――これからの雇用・労働法制』110~111頁を参照。
注2:この点につき、拙著『労働法改革は現場に学べ!――これからの雇用・労働法制』189頁を参照。
注3:ただし、大臣告示も、①建築物清掃のほか、②建築設備運転等、③駐車場管理等、④テレマーケティングの営業の4業務については、期間制限の対象外としていた。また、26業務(①~④の4業務を除く)は、大臣告示による期間制限に関連して、行政指導に基づく「いわゆる3年の期間制限」の対象ともされていた(1991年1月1日以降2004年2月29日までの13年2か月間)が、通達に定めるその内容は「派遣先における常用雇用の機会が不当に狭められることを防止するため、一般派遣元事業主に対して、合理的な理由なく同一の派遣労働者(期間の定めなく雇用されている者を除く。)について就業の場所及び従事する業務が同一の労働者派遣を継続して3年を超えて行うことのないよう指導を行う」というように、概してソフトなものにとどまっていた。以上につき、拙著『労働法改革は現場に学べ!――これからの雇用・労働法制』189~190頁、199頁を併せ参照。
小嶌 典明氏(こじま・のりあき)1952年大阪市生まれ。神戸大学法学部卒業。大阪大学大学院法学研究科教授。労働法専攻。小渕内閣から第一次安倍内閣まで、規制改革委員会の参与等として雇用労働法制の改革に従事するかたわら、法人化の前後を通じて計8年間、国立大学における人事労務の現場で実務に携わる。最近の主な著作に『職場の法律は小説より奇なり』(講談社)、『労働市場改革のミッション』(東洋経済新報社)、『国立大学法人と労働法』(ジアース教育新社)、『労働法の「常識」は現場の「非常識」――程良い規制を求めて』(中央経済社)、『労働法改革は現場に学べ!――これからの雇用・労働法制』(労働新聞社)、『法人職員・公務員のための労働法72話』(ジアース教育新社、近刊)等がある。