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2015年7月20日

<リポート>ニッセイ基礎研究所 生活研究部 松浦民恵さん

定年退職金の水準低下の背景を探る―①

 定年後、第二の人生に向かう前の「蓄え」となる退職金(一時金・年金)。厚生労働省の調査では、国内の四分の三にあたる会社が退職金制度を設けており、企業規模が大きいほど採用割合が高い。その退職金の水準が低下している。原因や背景、遠因などはどこにあるのか。制度の仕組みや経過を踏まえ、仮説を立てながら低下の理由を考察した、ニッセイ基礎研究所生活研究部の松浦民恵主任研究員のリポートを連載する(全4回)。(報道局)

5年間で定年退職金の水準が大きく低下

1・定年退職金の水準低下

is1507.jpg 2013年11月に、厚労省「就労条件総合調査」で5年ぶりとなる、退職金(一時金・年金)に関する調査結果が公表され、定年退職金の水準が大きく低下したことがわかった。この調査は、調査実施の前年1年間において勤続20年以上かつ年齢45歳以上で退職した常用労働者のうち、30人程度(30人以下の場合は全員)の退職金額を、企業が記載する形になっている。

 ここでいう定年退職金とは、退職事由が定年である退職者(常用労働者)に支給された(年金の場合は「支給される」)退職一時金額と年金現価額(何年かにわたって支払うべき年金額の総額から、その間に生ずる利息分を控除して現在の金額に換算した額※1)の合計額を指す。なお、この調査の対象企業は、常用労働者が30人以上の民営企業※2から抽出されており、調査票は郵送によって配布され、郵送もしくは調査員によって回収されている。

 13年の就労条件総合調査(以下「13年調査」)で定年退職金の平均額をみると、大学卒(管理・事務・技術職)は、企業規模(常用労働者数)1000人以上が2290万円、300~999人が1769万円、100~299人が1250万円、30~99人が1298万円であり、高校卒(現業職)は、規模別に各1459万円、1068万円、851万円、520万円となっている(図表1)

 03年、08年、13年の3つの調査で定年退職金の平均額を比較すると、08年調査から13年調査にかけて大きく減少していることがわかる。とりわけ大学卒(管理・事務・技術職)は100人以上で、高校卒(現業職)は1000人以上と30~99人で、定年退職金が300万円以上減少している。伸び率でみると、大学卒(管理・事務・技術職)の100~299人、高校卒(現業職)の1000人以上と30~99人の定年退職金は、いずれも08年調査より30%以上マイナスとなっている。

図表1:定年退職金(一時金・年金)の平均額の変化

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注1:退職一時金制度のみの場合は退職一時金額、退職年金制度のみの場合は年金現価額、退職一時金制度と退職年金制度の併用の場合は退職一時金額と年金現価額の計。
注2:調査前年1年間に、勤続20年以上かつ年齢45歳以上で退職した常用労働者のうち、退職事由が定年である場合の支給額の平均。
注3:2003年と2008年の時系列比較においては、2007年以前は調査対象が「本社の常用労働者が30人以上の民営企業」であったのが、2008年から「常用労働者が30人以上の民営企業」に拡大されていることに、留意する必要がある。また、2013年調査においては、東日本大震災の被災地域から抽出された企業が調査対象から除外され、被災地域以外の地域に所在する同一の産業・規模に属する企業が再抽出・代替されている。
注4:「管理・事務・技術職」とは、管理、経理、人事、営業、福利厚生、研究等の部門における業務に従事する労働者(単純作業に従事する者を含む)及び生産又は建設部門においてこれらの業務に従事する事務員、技術員並びに直接作業に従事しない職長、組長等の監督的労働者を指す。「現業職」とは、販売従事者、サービス職業従事者、保安職業従事者、運輸・通信従事者、技能工、採掘・製造・建設作業者及び労務作業者等、「管理・事務・技術職」以外の業務に従事する労働者を指す。

 

 

2・「5年間における」退職金制度の内容の変化

 定年退職金の水準が大きく低下した08年調査から13年調査にかけて、退職金制度の内容にも、何らかの変化がみられるのだろうか。図表2は、退職金制度の有無や支払準備形態を比較したものである。

図表2:退職金(一時金・年金)制度の変化(2008年調査と2013年調査)

 「退職給付(一時金・年金)制度がある」割合は83.9%から75.5%へと低下、「退職給付制度がない」割合は16.1%から24.5%へと上昇しており、いまや4社に1社が退職金制度を持っていない。また、規模が小さい企業ほど「退職給付制度がない」割合が高く、08年調査と比べた増加幅も大きくなっている。ただし、前述の定年退職金はあくまでも支給実績のなかでの平均額なので、退職金制度が全くない企業が増えたことは、水準には影響していないはずである。

 一方、一時金・年金いずれかの制度を収束した企業が、もう一方の制度のみを存置している場合には、定年退職金の水準の低下につながった可能性が出てくる。そこで「(一時金・年金)両制度併用」の割合をみると、08年調査から13年調査にかけて9.7ポイント低下している。「退職一時金制度のみ」「退職年金制度のみ」の割合については、全体では大きな変化がみられないが、1000人以上では「退職年金制度のみ」、100~299人では「退職一時金制度のみ」の増加がみてとれる(各4.3ポイント、9.7ポイントの増加)。

 企業は退職金を規定通り支払うために、通常、何らかの形で支払準備を行っている。そこで、「退職一時金制度がある(一時金・年金両制度の併用を含む)」企業のなかで、その支払準備形態の変化をみると、「中小企業退職金共済制度」が39.0%から46.5%に増加している。「退職年金制度がある(両制度の併用を含む)」企業の支払準備形態については、「確定給付企業年金(CBP(キャッシュ・バランス・プラン)を含む)」「確定拠出年金(企業型)」が大きく増加している(各23.9ポイント、20.0ポイントの増加)。

 02年に施行された確定給付企業年金法により、12年3月末をもって廃止された「適格退職年金」は、08年調査時点では49.5%存在したが、13年調査では選択肢から除かれている。つまり、「適格退職年金」から「確定給付企業年金」「確定拠出年金(企業型)」、あるいは「中小企業退職金共済制度」等への移行が進んだと考えられる。

3・なぜ定年退職金が下がったのか

 定年退職金は社員にとっては老後の生活資金として、企業にとっては賃金制度の柱の一つとして、重要な役割を担っている。その定年退職金の水準が、08年調査から13年調査の5年間で大きく低下しているのはなぜなのか。
定年退職金の水準低下の要因としては、以下の3つの仮説(可能性)が考えられよう。

仮説1:企業年金再編と運用環境悪化の相乗効果
仮説2: 退職金制度の成果主義化の影響
仮説3: 高年齢者雇用安定法改正の影響

 本連載の次回以降では、以下の3つの仮説それぞれについて、定年退職金の水準低下につながったと、筆者が考えた背景や理由を述べることとしたい。※3(つづく)
 

※1: 終身年金の場合には、支給開始年齢からの余命年数を支給期間として計算。
※2:2003年調査までは、「本社の常用労働者が30人以上の民営企業」が対象とされていた。
※3:本連載は、拙稿「定年退職金が下がっている~企業年金再編や成果主義化のかげで」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』(2014年11月12日)を一部修正・加筆したものである。執筆に当たっては、生命保険協会調査部調査研究グループ グループリーダー・高野篤氏より貴重なアドバイスを頂いた。ここに記して御礼申し上げたい。もちろん、本連載における主張は筆者の個人的見解であり、誤りがあればその責はすべて筆者に帰する。

 

松浦 民恵氏(まつうら・たみえ) 1966年、大阪府生まれ。89年に神戸大学法学部卒業、日本生命保険入社。95年にニッセイ基礎研究所。2008年から東京大学社会科学研究所特任研究員、10年に学習院大学大学院博士後期課程単位取得退学、同年から同研究所主任研究員。11年に博士(経営学)。『営業職の人材マネジメント』(中央経済社)など著書、論文、講演など多数。

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