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2015年5月14日

<緊急寄稿>大阪大学大学院法学研究科教授 小嶌 典明さん

派遣法の「労働契約申込みみなし制度」(終)

労働契約成立後の労働条件はどうなるのか

is1505.jpg 派遣先が違法行為を行った「時点における当該派遣労働者に係る労働条件と同一の労働条件を内容とする労働契約の申込みをしたものとみなす」。前述したように、派遣法40条の6第1項は、このように規定する。

 従前と「同一の労働条件」を引き継ぐ、こうした派遣法の考え方は、先にみたように、労働契約法18条や19条にも共通してみられるものであり、この点では、立法府の姿勢は一貫しているともいえる。

 とはいえ、有期労働契約の無期転換や契約の更新の場合には、従前から当事者間に雇用関係が存在することから、就業規則の適用について問題となることはあまりない(なお、無期転換の場合は、別段の定めをすることも可能。労働契約法18条1項を参照)とはいうものの、派遣先と派遣労働者との間には、そもそも従前は雇用関係が存在していなかったという問題もある。

 そこで、派遣先による労働契約の「申込みみなし」を受けて、派遣労働者が承諾の意思表示を行うことにより、労働契約が成立した場合、どの就業規則を適用するかが問題となる可能性がある。


 「同一の労働条件を内容とする労働契約の申込みをしたものとみなす」のは、あくまで派遣法という「法律の定め=国家の意思」によるものであって、労働契約が成立した場合においても、適用すべき就業規則は本来存在しない。このような解釈が、派遣法の解釈としては、最も素直なものと考えられる。

 確かに、いったん労働契約が成立し、「相当期間」が経過した後は、就業規則の作成義務(労働基準法89条)違反を問題とする程度のことはあってもよい。しかし、労働契約成立の時点で、派遣先における既存の就業規則の適用を直ちに問題とすることは、行き過ぎという以外にない。

 このような場合、労働契約に定める労働条件の内容は、国家の意思を体現した派遣法40条の6第1項によって決まり、少なくとも「相当期間」は、以下のように定める労働契約法7条は適用されない。こう考えるのが常識にもかなっていよう。

 第7条 労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第12条に該当する場合(合意による労働条件が就業規則の内容を下回る場合――注)を除き、この限りでない。

 ただ、最低賃金法の改正(07年改正、08年7月1日施行)においてかつて経験したように、いわゆる特定最低賃金(産業別最低賃金)については、最賃法40条に定める罰金刑(50万円以下)を科さないこととされたにもかかわらず、使用者が特定最賃を下回る賃金しか支払わなかった場合には、労働基準法24条1項に規定する賃金の全額払い原則に違反することを理由として、労基法120条所定の罰金刑(30万円以下)が科せられるとされた例もある。

 罰則が適用されないといっても、それはあくまで最賃法の話であって、労基法に定める罰則の適用までが排除されるわけではない。理屈としてはわかるが、詐欺に遭ったような感も一方にはあった。派遣法と労働契約法との関係においても、同じようなことにならない保証はない。十分な注意が必要といえよう。

 なお、労働契約の「申込みみなし」規定については、当該規定そのものの大幅な見直しが本来は必要になると考えている。当該規定のかかえる法律上の問題点とこれに代わる選択肢を含め、詳しくは小嶌『労働市場改革のミッション』(東洋経済新報社、11年)第14章「採用の自由とその制約 続――派遣法改正案の批判的検討」を参照されたい。


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小嶌典明氏(こじま・のりあき)1952年大阪市生まれ。神戸大学法学部卒業。大阪大学大学院法学研究科教授。労働法専攻。小渕内閣から第一次安倍内閣まで、規制改革委員会の参与等として雇用労働法制の改革に従事するかたわら、法人化の前後を通じて計8年間、国立大学における人事労務の現場で実務に携わる。最近の主な著作に『職場の法律は小説より奇なり』(講談社)のほか、『労働市場改革のミッション』(東洋経済新報社)、『国立大学法人と労働法』(ジアース教育新社)、『労働法の「常識」は現場の「非常識」――程良い規制を求めて』(中央経済社)等がある。『文部科学教育通信』に「続 国立大学法人と労働法」を、『週刊労働新聞』に「提言 これからの雇用・労働法制」をそれぞれ連載中。

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