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2015年1月28日

<緊急寄稿>大阪大学大学院法学研究科教授 小嶌 典明さん

労働時間の把握――「一律義務化」への疑問(下)

「高度プロフェッショナル労働制」の留意点

is150126.jpg たしかに、「労働時間の把握」について厚生労働省令に規定するとはいっても、労働政策審議会に示された報告書の骨子案を読む限り、当面は労働安全衛生規則の定めにとどまる可能性が高い。しかし、骨子案が他方で、その目玉ともいえる「特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル労働制)の創設」に関連して、次のように述べていることも注目に値する。

・ 本制度の適用労働者については、割増賃金支払の基礎としての労働時間を把握する必要はないが、その健康確保の観点から、使用者は、健康管理時間(省令で定めるところにより「事業場内に所在していた時間」と「事業場外で業務に従事した場合における労働時間」との合計)を把握した上で、これに基づく長時間労働防止措置や健康・福祉確保措置を講じることとすることが適当。
・ なお、健康管理時間の把握方法については、労働基準法に基づく省令や指針において、客観的な方法(タイムカードやパソコンの起動時間等)によることを原則とし、事業場外で労働する場合に限って自己申告を認める旨を規定することが適当。
・ 長時間労働防止措置について、具体的には、制度の導入に際しての要件として、例えば以下のような措置を労使委員会における5分の4以上の多数の決議で定めるところにより講じることとすることが適当。
① 労働者に24時間について継続した一定の時間以上の休息時間を与えるものとすること。なお、この「一定の時間」については、法案成立後、改めて審議会で検討の上、省令で規定することが適当。
② 健康管理時間が1か月について一定の時間を超えないこととすること。なお、この「一定の時間」については、法案成立後、改めて審議会で検討の上、省令で規定することが適当。
③ 4週間を通じ4日以上かつ1年間を通じ104日以上の休日を与えることとすること。


 その対象は、「高度プロフェッショナル労働制」の適用を受ける者に限られるとはいえ、そうした限定が未来永劫にわたって続く保証はどこにもない。一般の労働者については、むしろ「割増賃金支払の基礎としての労働時間を把握する」ためにも、その前提として、ここにいう「健康管理時間」の把握が必要とされ、このことが使用者の義務という形で、労働基準法施行規則等に定められる可能性もないではない。

 また、骨子案の書きぶりからみて、4・6通達では「労働時間の適正な把握」の方法として認めていた使用者による現認も、「労働時間の客観的な把握」の方法としては、これを認めない。そうした姿勢を行政が従前にも増して明確にしたとも、骨子案は読める。このような微妙な変化にも、同様に留意する必要があろう。

求められる義務化の適用除外

 曜日や時間帯を問わず、自由に仕事をすることができる。研究者にとっては、そうした環境が是非とも必要となる。そして、そのような環境が失われた場合、悪夢ともいうべき悲劇が待っていることは、(上)の冒頭でみた。

 たしかに、「高度プロフェッショナル労働制」の適用を受ける者の場合、深夜の割増賃金規制からも外れる(この点が、労働基準法41条2号にいう管理監督者とは異なる)ため、割増賃金の問題については、一切考える必要がない。

 とはいえ、長時間労働防止措置として、先にみた①から③のいずれかの措置を使用者が講じなければならないとすれば、「高度プロフェッショナル労働制」の適用を受けても意味がないと考える研究者は多いに違いない。

 2014年にノーベル物理学賞を受賞した3人の日本人の1人、天野浩名古屋大学教授は、元旦を除き、毎日朝から晩まで研究室にこもり、研究に従事していたと聞く。そんな天野教授の働き方も、「高度プロフェッショナル労働制」のもとでは、もはや許されなくなる(現状でも、労働基準法上の問題はあるが、ここでは触れない)。

 健康確保=長時間労働の防止という図式は、大半の労働者には当てはまっても、物事にはすべて例外がある。天野教授にとっては、健康に働き続けるためにも、そうした例外が必要。こう考えるのが、常識であろう。

 心理的ストレスからの解放は、すべての研究者が望むところでもある。わが国における科学技術の維持発展という観点からも、研究者の海外流出を少しでも助長するような政策はとるべきではない。

 このことからもわかるように、事は天野教授一個人の問題ではない。労働時間の把握についても、一律に(one-size-fits-all)これを義務化することは避け、研究者や技術者等については、その適用除外を認める。検討のための時間は限られているとはいえ、そうした現実を直視した議論を労働政策審議会には期待したい。 (おわり)

 

小嶌 典明氏(こじま・のりあき)1952年、大阪市生まれ。75年に神戸大学法学部卒業。大阪大学大学院法学研究科教授。労働法専攻。小渕内閣から第1次安倍内閣まで、規制改革委員会の参与などとして雇用労働法制の改革に従事するかたわら、法人化の前後を通じて計8年間、国立大学における人事労務の現場で実務に携わる。最近の主な著作は『職場の法律は小説より奇なり』(講談社)のほか、『労働市場改革のミッション』(東洋経済新報社)、『国立大学法人と労働法』(ジアース教育新社)、『労働法の「常識」は現場の「非常識」――程良い規制を求めて』(中央経済社)など。文部科学教育通信に「続 国立大学法人と労働法」を、週刊労働新聞に「提言 これからの雇用・労働法制」をそれぞれ連載中。


 

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