総選挙の最大争点になっているアベノミクスの中でも、多くの野党が政権批判を集中させているのが、「消費増税」と「実質賃金のマイナス」だ。どちらも国民生活に直結しているだけに、有権者にはわかりやすいが、その意味するところは単純でなく、それだけで「アベノミクスは失敗した」と決めつけられないことも確か。カギを握るのは、今後の企業の対応になるとみられる。(報道局)
今年になってからの賃金と物価の毎月の動きをグラフ化すると、このようになる=グラフ上。賃金は厚生労働省の毎月勤労統計調査(確報)、物価は総務省の消費者物価指数から引用している。
これをみると、「名目賃金」は年初こそマイナスだったが、3月からプラスに転じており、この基調は今後も続きそうだ。言うまでもなく、業績の好転に伴って春闘のベースアップや夏のボーナスを増やした企業が多かったため。
サラリーマンの給料は2011年、12年と2年連続で下がり続け、13年になってボーナス増などでようやく前年並みを維持した。14年は年間でもプラスに転じるのは間違いなく、「給料減」に慣れ切っていた多くのサラリーマンにとって久々の朗報であることは間違いない。
しかし、これに冷や水をかけたのが、4月の消費税率の5%から8%へのアップだった。消費者物価指数の4月以降の伸びが、従来の1%台から3%台にハネ上がったのがそれを示している。もっとも、税率アップの3%分がそのまま上乗せされたわけではなく、指数上昇の3%台のうち、2%程度が増税分と推定されている。
給料が上がっても物価がそれ以上に上がれば、給料は実質的に目減りする。それが「実質賃金」であり、昨年7月から今現在まで16カ月連続でマイナス続き。今年は4月以降に消費増税分が加わり、マイナス幅を拡大している。
物価上昇は、デフレ脱却に向けて政府・日銀が「2%」の上昇目標を立て、「異次元の」金融緩和に踏み切ったことが発端だった。金融市場でそれまでの円高・株安から円安・株高に流れがガラリと変わった点は狙い通りであり、企業マインドも前向きに変化はしたものの、中小企業や地方企業にまでは恩恵が及ばず、本格的な賃上げは今年になるまで“お預け”となった。これは政府にとって大きな誤算で、経済界や労組を交えた政労使会議では昨年、今年と企業側に春闘などでの賃上げを強く要請、「越権行為ではないか」と企業側の反発を買った。
賃金上昇の動きが鈍いのは、長年に及んだデフレのお陰で、企業の「稼ぐ力」が弱まった点が最大の要因。これに円高による製造業の海外進出の加速、国内では高齢化と労働力人口の減少が加わり、国内市場の縮小を促進させた。企業が正社員を減らして非正規社員を増やしてきたのもその一環だ。労働組合のない企業が増え、経営者側との交渉力が弱い就業層が増えている点も見逃せない。
これらの阻害要因を取り除き、再び稼ぐ力を取り戻そうと政府が打ち出したのが「日本再興戦略改訂2014」だが、衰退産業の新陳代謝や労働法制の抜本改正といった構造問題が絡むだけに、実現には時間がかかるとみられる。
そうした中でも、雇用市場の改善ははっきりしている。有効求人倍率は昨年末に1倍を突破してからもほぼ一貫して上昇を続けており、完全失業率もやはり4%台から改善が続き、最近では3.5%まで低下した=グラフ下。失業者は1年前より30万人前後減少しており、その裏返しで就業者も30万人以上増えている。パート、アルバイトを中心にした主婦や高齢者の非正規就業が増えているためだ。
生活実感に近いのは「名目賃金」
これらの統計から推定できることは、実質賃金がマイナス続きと言っても、世帯状況によって受ける印象はかなり違うのではないかということ。最も大きな影響を受けるのは、“賃上げ”とは無縁な年金生活者、非正規の母子家庭、業績が好転しない中小企業の社員などが考えられる。
これに対して、正社員世帯で新たにパート職が加わった家庭は、実質賃金のマイナスを十分吸収できる。夫婦ともに非正規社員という世帯でも、夫か妻のどちらかが新たな“戦力”に加わった家庭なら、生活の余裕度はかなり違う。人手不足にあえぐ企業の中には非正規の正社員化を進めているところも増えており、雇用市場は働く側にとって追い風が吹いている。来年は、中小企業でも賃上げを迫られる状況が強まるとみられる。
多くの家庭で、生活が楽になった、あるいは苦しくなったと感じる生活実感は、通常は実質賃金の動向ではなく、名目賃金の方がピンと来やすい。しかし、手取り収入が増えている家庭が多いのに、消費活動が湿りがちなのは、消費増税の影響と同時に、実質賃金の動向にのみ目を向ける一部メディアの報道にも原因がありそうだ。