厚生労働省に設置された「『多様な正社員』の普及・拡大のための有識者懇談会」(座長、今野浩一郎・学習院大学教授)が11日に報告書を出し、昨年9月以来、14回にわたった議論を終えた。政府の成長戦略にも盛り込まれた有力な政策だが、そもそも、「多様な正社員」とは一体何か、なぜこうした議論が交わされるのか、背景を探った。(報道局)
日本のサラリーマンは現在、無期雇用の「正社員」と有期雇用の「非正規社員」(パートタイマー、アルバイト、契約社員、派遣社員など)に二極化しており、非正規社員は正社員に比べて雇用が不安定で賃金レベルも低く、昇進機会やキャリア形成でも不利な立場に置かれている。このままでは経済成長の阻害要因になりかねず、両者の格差是正が課題となっていた。
「多様な正社員」は正社員と非正規社員の中間的な形態で、具体的にはオールラウンドプレーヤーの正社員に対して、勤務地、職種、勤務時間などを限定した正社員を指し、「限定正社員」「ジョブ型正社員」などとも呼ばれる=表。
企業にとって人件費コストは上昇するが、優秀な非正規社員を限定正社員に昇格させて人材確保を図れる一方、非正規社員にとっては雇用が安定し、給与水準も上がるためモチベーションがアップするメリットがある。報告書では、非正規から限定正社員への転換だけでなく、正社員から限定正社員への転換も可能になるよう、柔軟な運用を提案している。
2年前に設けられた厚労省の「多様な形態による正社員に関する研究会」が実施した企業調査によると、対象1987社のうち、多様な正社員を導入している企業は過半数の1031社、対象社員は33%の約52万人いる。導入企業数の内訳は職種限定が878社、勤務地限定が382社、総労働時間限定が146社(複数制度を導入している企業もあるため、合計は合わない)となっており、職種限定が9割と圧倒的に多い。給与水準は正社員の8~9割に設定している企業が多い。
また、労働政策研究・研修機構の調査では、限定正社員のいる業種は運輸・郵便業、教育・学習支援業、医療・福祉などが多い。これに総務省の労働力調査などを重ねると、日本のサラリーマンの約65%が正社員で、約35%が非正規社員。正社員のうち限定正社員は3割程度の分布になると推定される。
「解雇しやすい正社員」ではないが…
「報告書」をまとめた厚労省の有識者懇=7月11日
普及の課題の一つは、限定正社員の解雇要件が正社員並みに厳格なものになるかどうか。職種限定なら組織替えなどで職種がなくなった場合、地域限定なら事業所閉鎖で勤務先がなくなった場合などが想定され、懇談会でも議論を呼んだ。また、連合などの労組は、会社側に正社員から限定正社員へ転換を強制され、結局は解雇される「解雇の容易な正社員」を増やすことにならないかとの懸念を強めていた。これについて報告書では、「直ちに解雇が有効となるわけではなく、整理解雇法理(4要件)を否定する裁判例はない」として懸念の払しょくに努めた。
また、正社員から限定正社員への転換にあたり、会社側がただちに「キャリアトラックの変更」として正社員との格差を設ける可能性もあることから、報告書は「必ずしも望ましいものではなく、“労働条件の変更”にする方が適切な場合もある」とした。その点について今野座長は「扱いを労使で事前に明確にしておかないと混乱を招きかねない」と懸念している。
実は正社員、限定正社員、非正規社員ともに法的な規定はなく、長年の企業活動の中で形成され、それが就業規則などで規定された就労形態として定着したものだ。企業によって導入経緯や転換内容なども違っており、法律で一律に規定できる制度ではない。従って、今回の報告書を基にした関連法の改正も今のところ予定はないが、報告書では企業のスムーズな導入に向けて詳細な「雇用管理上の留意事項」「就業規則、労働契約書の規定例」も作成した。
厚労省は年内にも企業向けセミナーなどを通じて普及啓発に努めるが、景気回復による人手不足が深刻化している現在、非正規から限定正社員へ転換させる企業が増えており、「普及にはフォローの風」(労働条件政策課)と期待を強めている。しかし、最終的には個々の企業判断に任されることから、報告書の狙い通りに普及・拡大するかどうかはまだ未知数だ。