厚生労働省は近く、労働政策審議会が1月29日に出した労働者派遣法の抜本改正の建議を受け、同法改正案を今国会に提出する。複雑になり過ぎた派遣制度の簡素化と派遣労働者の雇用安定を基本に据えた改正だが、本当に派遣労働者の保護につながるのか、派遣ビジネスにどのような影響を及ぼすのか、この分野の第一人者である安西愈(まさる)弁護士に聞いた。(経済ジャーナリスト・本間俊典)
―― 主要改正点(注)を見て、改正の方向性をどう評価しますか。
安西 派遣の期間制限を「業務から人」に変更したことは、派遣の細切れ就労や就労現場での混乱などを考えると、大きな改善ではないかと思います。しかし、一方で派遣元も派遣先も責任が重くなるうえ、それで派遣労働者の雇用の安定につながるかどうかとなると、いろいろ厄介な問題が起こるのではないかという危惧も感じます。
一つは、期間制限の上限を一律3年にするものの、派遣労働者の就労期間と派遣先の受け入れ期間が必ずしも一致しません。3年超の受け入れを派遣先企業の「過半数組合等」の意見聴取をもって対応していくことになっていますが、意見聴取は事業所単位であり、期間制限は課などの組織単位であり、両者の違いがあります。
また、3年ごとの意見聴取の継続は、事業所として最初の派遣労働者を受け入れた時から3年ごとで、派遣労働者個人に着目するものではありません。一般には派遣労働者一人ひとりで3年チェックの手続きがあると誤解されているようです。
派遣労働者が1人か2人といった中小事業所ならともかく、何十人も受け入れている派遣先の場合、3年チェックは事業所全体の派遣労働者が対象で、その中にはまだ半年しか就労していない人もいるわけで、それらを一緒にしてきちんとチェックできるかどうか疑問です。この手続きに不備があれば、直ちに派遣先直接雇用の問題が発生してトラブルになります。
―― 3年超の派遣労働者に対する派遣元の「雇用安定措置」もかなり厳しい内容です。
安西 それが、もう一つの問題です。建議では、派遣元は派遣先への直接雇用の依頼、別の派遣先の紹介、自社の無期雇用社員化、その他の措置を挙げていますが、どれも不調の場合は派遣元に多大な負担が掛かります。「派遣労働者の雇用継続の確実な措置」とはどうすればよいのでしょうか。
この義務発生を避けようとして、逆に派遣元が3年に満たない派遣契約とすることも考えられます。そうなれば現状とさほど変わらず、「雇用の安定」には結び付きません。また、3年過ぎて次の派遣先が見つかっても、それから2年経つと計5年になり、今度は労働契約法の無期転換の対象になります。その回避のため、5年経つ前に契約を打ち切ることになりかねません。
―― 無期雇用の派遣労働者は派遣期間の制限なく派遣できますが、企業間の派遣契約は取引契約ですから、解約は自由なのではないですか。
安西 その通りです。派遣元で無期雇用にした場合は、無期派遣できますが、派遣先の業務は常に変動します。そこで、派遣取引契約は業務の減少で解約となります。しかし、派遣契約が解約などで終了しても、派遣元は派遣労働者を解雇できないわけですから、次の派遣先が決まるまでの間の給与をどうするか、多くの派遣元が困ることになります。
無期雇用は、定年や定年後の再雇用まで視野に入りますが、派遣労働者の給与は派遣料金の中から支払われるわけですから、継続派遣できなければ派遣のビジネスモデルは壊れてしまいます。とりわけ、派遣需要の多い都市部ならともかく、派遣先の少ない地方の派遣元には厳しい措置となるでしょう。 (つづく)
(次回は「安定雇用を阻む『常用代替』防止の壁」、2月13日掲載予定)
(注)労政審が建議した主要改正点
①派遣期間に制限のない専門的な「政令26業務」と、3年の期間制限のある一般(自由化)業務の区別を撤廃し、すべての派遣労働者の派遣期間を上限3年とする。ただし、無期雇用の派遣労働者、60歳以上の高齢者などは除外。
②派遣先企業の1人の派遣労働者の受け入れ期間を上限3年とする。ただし、労働組合などの意見を聞いたうえで、後任の派遣労働者を3年上限で受け入れ可能。
③3年経った派遣労働者に対して、派遣元は派遣先に直接雇用を要請、別の派遣先を紹介、自社の無期雇用社員にする、その他の雇用安定措置を講じる。
④特定派遣事業所を現行の届け出制から、一般派遣と同じ許可制に変え、派遣労働者のキャリアアップ支援などを許可要件に加える。
⑤派遣先は自社社員と同種の業務を行う派遣労働者について、賃金などの処遇を近づけるよう「均衡待遇の推進」に努める。