国会で再び動き出した労働者派遣法の改正問題、また労働政策審議会での有期契約労働を巡る議論など、正社員ではない形態で働く労働者の保護をめぐる動きが加速している。果たして、これらに“死角”はないのか。労働法制の第一人者である労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎統括研究員の寄稿を3回にわたって掲載する。(報道局)
非正規労働問題、迷走の原因
昨年末には、1年以上にわたって国会でたなざらしになっていた労働者派遣法改正案が、民自公3党の合意で急ぎ修正され、衆議院で継続審議となった。政府改正案が、「派遣切り」や「年越し派遣村」といったジャーナリスティックなフレームアップにインスパイアされた「派遣悪者論」に流されたきらいがあったことからすれば、製造業派遣や登録型派遣の原則禁止といった正当性の疑わしい事業禁止規定が削除される方向になったことは評価してよいであろう。
しかしながら、政府原案の問題点はそれが労働者保護とは直接無関係な事業禁止に力点を置いていたことにあるのであって、本来の労働者保護までが不必要であるわけではない。派遣業界はややもすると、労働者保護自体を否定するような奇矯(ききょう)な論者までを動員して批判を繰り広げていたが、そのようなやり方が広く国民一般の共感を得られるわけではないことも意識しておく必要があると思われる。
これは、派遣労働に限らず、有期契約労働やパート労働など、非正規労働問題を論じるときに、常に念頭に置いておくべきことである。多様な就業形態はさまざまな労働者のニーズに合致し、働きやすい職場を提供するという役割を果たす限りにおいて社会的存在意義があるのであり、労働者に一方的に不利益を押しつけるようなあり方が社会的に正当化されるわけではない。適切な労働者保護のない就業形態は良い働き方ではない。
ただ、世の議論はとかく、今までの正社員型の働き方を所与の前提とし、それに合わない働き方は悪い働き方であると決めつけがちであるため、正社員型の労働者保護を押しつける短絡的な傾向がある。現代日本において労働組合がほとんど正社員のみによって組織され、非正規労働者の声があまり届かない仕組みになっていることも、こういう「ボイスの偏向」をもたらしている。
パートにせよ、有期にせよ、派遣にせよ、非正規労働問題が議論されるときには、一番肝心のステークホルダーである非正規労働者たち自身のまともな意味での代表が社会にほとんど存在していないという事実が繰り返しあらわになる。
自ら非正規労働者を排除している正社員組合も、ユニオンという名で活動している事実上の労働NGOも、派遣労働者が所属している派遣会社も、あたかも自らが派遣労働者のボイスを代弁する存在であるかのように語るが、それが真実そうである保証は実はどこにもない。
非正規労働者にとって、いかなる労働者保護が切実なものであり、いかなる規制は不要なものであるのか。それを自分の声として語れる利益代表者の不在こそが、非正規労働問題の迷走の最大の原因であることを、改めて考える必要があるのではなかろうか。 (つづく)
濱口 桂一郎氏(はまぐち・けいいちろう)1958年、大阪府出身。83年、東京大学法学部卒業、労働省(現・厚生労働省)に入省。職業安定局高齢者対策部企画課、労政局労働法規課法規第一係長、職業安定局高齢・障害者対策部企画課長補佐、衆議院調査局厚生労働調査室次席調査員などを歴任。東京大学大学院法学政治学研究科附属比較法政国際センター客員教授、政策研究大学院大学教授を経て、2008年8月に現職である労働政策研究・研修機構の労使関係・労使コミュニケーション部門統括研究員。研究テーマは労働法制・労働問題。『日本の雇用と労働法』(日経文庫)など著書多数。