Q 「固定残業代」をめぐる裁判所の判断や実務のあり方は、どのように変化しているのでしょうか。
A 前回(第269回)は、「固定残業代」が認められるための実際の要件について解説し、テックジャパン事件やイーライフ事件などを通じて示された事実上の裁判所の判断の枠組みについて触れました。これによると、固定残業代が認められるためには、①時間外手当の対価として支給されている(対価性)、②時間外手当の部分と通常の賃金の部分とが明確に区分されている(明確区分性)、③不足額を精算する合意ないし取り扱いの3点が厳しく問われました。テックジャパン事件の櫻井龍子裁判官補足意見では、法律上の拘束力はないとはいえ、給与明細などにおいても通常の割増賃金と固定残業代の細目を記載しなければならないとされ、使用者側にはとても厳しい判断であったといえます。
しかし、日本ケミカル事件(最高裁、平成30年7月19日)を契機として、固定残業代をめぐる判断は大きく変化したといえます。同判例では、「使用者は、労働者に対し、雇用契約に基づき、時間外労働等に対する対価として定額の手当を支払うことにより、同条の割増賃金の全部又は一部を支払うことができる」とした上で、「雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとしてとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである」と判示しました。
雇用契約書、採用条件確認書、賃金規程に、業務手当を時間外労働の対価として支払うことが記載され、別の従業員に交付した確認書にも、業務手当を時間外労働の対価として支払うことが記載されていたことから、最高裁は、従業員に支払われた業務手当は、時間外労働の対価として支払われていたと認めました。雇用契約書や労働者への説明、勤務状況などから総合的に判断されることが示された点が、大きなポイントだといえるでしょう。
このような流れを受けて、現在の固定残業代の取り扱いにあたっては、就業規則や雇用契約書、給与明細などにおける記載がますます重要視されているといえます。具体的には、就業規則に概括的な規定を置くだけでは足らず、雇用契約書や給与明細にも明確な記載を置いた上で、記載の表現や計算方法などについてもそれぞれが矛盾することがないような取り扱いが大切です。少なくとも、就業規則-雇用契約-給与明細の3点については、同様に「固定残業代」と表記し、完全に一致した表現・取り扱いとなるよう、徹底していくことが肝要だといえるでしょう。
(小岩 広宣/社会保険労務士法人ナデック 代表社員)