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2025年2月27日

小岩広宣社労士の「人材サービスと労務の視点」267・退職した従業員への損害賠償

Q 不意に退職した従業員に対して会社が損害賠償を請求することは難しいと思いますが、例外としてはどのような例がありますか。

koiwa24.png 従業員の退職にともなう労使トラブルは、今も昔もあらゆるところで頻発しています。退職をめぐっては程度の差こそあれ周囲に迷惑をかけるケースが多いものですが、従業員を雇用する会社側の方が社会的にも経済的にも圧倒的に強者であるため、基本的には会社が従業員を相手取って損害賠償を提起するような場面はほとんど見られず、仮に訴訟を起こしたとしても請求が認められる可能性はほとんどないといえます。

 正社員のように期間の定めがない雇用契約の場合は、民法627条1項によって申し入れの日から2週間後に雇用契約が終了することになり、有期雇用の場合であっても、民法628条でやむを得ない理由がないと一方的な契約解除はできないとされているものの、労働基準法137条で1年を経過した場合はいつでも契約解除が可能とされていることから、このような例であれば突然に退職したとしてもそれを理由に損害賠償を請求することはできないと考えられます。

 このような事情から、退職にともなって会社が従業員に損害賠償が請求し得る例としては、2週間前までに意思表示しなかった場合や1年に満たない有期雇用の従業員が一方的に退職したような場合が挙げられますが、ごくごくレアなケースとしては、これら以外の理由によるものもあります。仮に不法行為の論理で請求を考える場合、民法709条の要件にしたがって、従業員からの一方的な契約解除が、①従業員側の故意または過失によって、②会社に権利・利益の侵害が起こり、③実際の損害が発生しており、④侵害行為と損害の間に因果関係があること、が求められることになります。

 ケイズインターナショナル事件(東京地裁、平成4年9月30日)では、入社後まもなく退職して取引先を失うなど会社が1000万円の損害を被ったため、200万円を支払う約束を交わした事案について、約70万円の支払いが命じられました。専門性の高い技術者との限定契約であったこと、採用にあたって能力面などの調査が実施されなかったこと、期間の定めのない雇用契約の解除について損賠賠償が問えるのは当月発生分に限ることなどが総合的に判断され、このような結論が導かれました。

 ラクソン事件(東京地裁、平成3年2月25日)では、退職にあたって複数の他の従業員を計画的に引き抜いて競合他社に転職したことをめぐる損害賠償について、綿密な計画を立てて一斉かつ大量に従業員を引き抜く行為は、社会的相当性を逸脱し極めて背信的方法で行われた場合には雇用契約上の誠実義務に違反するとして、約870万円の損賠賠償が認められました。ここでは、取締役兼営業本部長という高い地位にある者が、その社内での影響力を行使することで計画的かつ大量の引き抜きを行なったことが判断のポイントとなったと考えられます。

 O社事件(福岡地裁、平成30年9月14日)では、運送業務において、トラック内に退職したい旨の書き置きを残して無断欠勤した従業員に対して、運行開始の点呼直後に職場を離脱したことで、代替人員の確保が間に合わず、路線運送の実施が不可能となったことについて、約6万円の損賠賠償が認められました。従業員には契約解除の自由が認められている一方で、具体的に指示された業務を履行しないことによって生じる損害を回避・減少させる義務も負っていることから、悪質な行為によって明確な損賠が発生した場合には賠償義務を伴うと判断されたケースです。

 これらの例は従業員の退職という場面においては極めて例外的なケースであり、一般的には従業員が一方的に退職して周りに迷惑をかけたという理由で会社側からの損害賠償が認められることはほとんどありません。ただ、レアなケースゆえに法律的な考え方を学んだり、物事の筋目を整理する点では、参考にできることもあると思います。あらかじめ労使トラブルを予防し、なるべく早期に沈静化させる流れをつかむ意味で、生かせる部分があれば幸いです。


(小岩 広宣/社会保険労務士法人ナデック 代表社員)

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