Q ダブルワークの労働者の精神疾患による自殺が労災と認められたという報道を耳にしました。ダブルワークをめぐる労災保険の考え方について、お教えください。
A ある大学の研究員と測量会社の技術者を掛け持ちしていたダブルワークの男性が自殺したのは、二つの職場で強い精神的負荷が重なったためだとして、労災認定されていたことが報道されました。労災認定の仕組みについては、令和2年施行の改正労災保険法で、複数の職場で受けたストレスを総合的に検討して労災認定を判断する制度が導入されましたが、新制度に基づく認定が明らかになる例はめずらしく、今後全国的にもこのような事案が増える可能性があります。
令和2年の改正労災保険法では、「複数事業労働者」(被災した<業務や通勤が原因でけがや病気などになったり死亡した>時点で、事業主が同一でない複数の事業場と労働契約関係にある労働者)に対して、(1)すべての勤務先の賃金額を合算した額を基礎に給付額などを決定、(2)すべての勤務先の負荷(労働時間やストレスなど)を総合的に評価して労災認定できるかどうかを判断の2点の改正が実施されました。
(1)すべての勤務先の賃金額を合算した額を基礎に給付額などを決定
改正によって、複数事業労働者については、各就業先の事業場で支払われている賃金額を合算した額を基礎として給付基礎日額(保険給付の算定基礎となる日額)が決定されることになりました。したがって、下の図のように、会社B(月額15万円)で労働災害に被災した場合には、従来は、15万円を基に保険給付が算定されましたが、現在は、会社A(月額20万円)と会社B(月額15万円)の2社の賃金額の合計35万円を基に保険給付が算定されることになっています。この考え方は、業務災害、通勤災害の別にかかわらず対象となります。(2)の「複数業務要因災害」の場合においても、同様の取り扱いがなされます。
(2)すべての勤務先の負荷を総合的に評価して労災認定できるかどうかを判断
改正によって、複数の事業の業務を要因とする傷病など(負傷、疾病、障害または死亡)についても、労災保険給付の対象となりました。このような支給事由による災害のことを、「複数業務要因災害」といいます。複数事業労働者を使用するそれぞれの事業における業務上の負荷のみでは業務と疾病などの間に因果関係が認められない場合に、複数事業労働者を使用するすべての事業の業務上の負荷を総合的に評価するという仕組みが導入されました。対象となる傷病には、脳・心臓疾患や精神障害などが含まれます。複数業務要因災害については、複数の事業場の業務上の負荷(労働時間やストレスなど)を総合的に評価して、労災と認定できるかが判断されることになりますが、複数事業労働者であっても、1つの事業場のみの業務上の負荷の評価によって業務上と認められる場合には、従来どおりの業務災害として労災認定されることになります。
なお、複数業務要因災害においては、労災保険の適用・請求の関係が複雑となるため、複数事業労働者が保険給付を請求した場合は、請求人が複数業務要因災害に係る請求のみを行う意思を示すなどの請求人の特段の意思表示のないかぎり、業務災害および複数業務要因災害の双方の保険給付を請求したものとみなされることになっています。昨今は副業・兼業の解禁や社会保険制度の影響などによりダブルワークを行う労働者が増えつつありますが、労災保険をめぐる改正の内容などについても最低限の把握と理解に努めたいものです。
(小岩 広宣/社会保険労務士法人ナデック 代表社員)