Q 最近は労務管理の現場でも、「ジェンダー」をめぐる意識や実態にも変化が垣間見えるといわれます。具体的には、どのような点に留意すべきでしょうか。
A 「ジェンダー」とは、出生時に割り当てられた生物学的な性別である「セクシュアリティ」の対義語であり、「社会的・文化的に形成される性別」のことをいいます。男女の役割の違いは、普遍的・生得的なものではなく、社会的・文化的に形成されてきたことを表す言葉として使われます。「男は仕事、女は家事・育児」という固定的な性別役割などが、男女の差別的な関係や経済的な格差にも影響していることから、労務管理を考える上でもひとつの論点になりつつあります。「ジェンダー」というと、身体の性と心の性が一致しないマイノリティの人が抱える問題を想起する人が多いですが、それだけではなく、昨今はファッションや行動をめぐる「男らしさ」「女らしさ」の規範も多様化が進みつつあることから、労働の現場での認識や実際の実務対応にも変革が促されているといえるでしょう。
人はそれぞれ異なる個性を持っており、職場においてそれらを認め合うことによって、全体として業績や成果がもたらされます。一方で、企業は従業員を一定の規範や秩序に当てはめる場もあり、雇用契約に基づいて職務を果たすことで対価として賃金を受ける労働者は、会社が就業規則などにおいて求めるルールに従って行動しなければなりません。従業員と会社が異なる論理に基づいて存在している現実の中で、さらに職場では潜在的に「男性的な思考」「女性的な思考」が成り立っているケースが多いと考えられ、例外や個別事情はあるにせよ、こうした論理へのコンセンサスが得られる中で、入社から退職までの労務管理が行われてきたのが一般的です。
ところが、昨今は男性だから「男性的な思考」、女性だから「女性的な思考」という発想にとらわれない、いわば「中性的な思考」を持つ従業員も増えつつあり、従業員と会社をめぐる立ち位置にも変化が起こりつつあります。
会社側としては、男性だから「男性的な思考」、女性だから「女性的な思考」だという、「性別二元論」のみにとらわれずに、柔軟な発想で多様性の幅が広がりつつある労働者と向き合えるかどうかが、これからのジェンダーをめぐる労務管理の課題といえるかもしれません。
例えば、今は男性社員だからといって、昇進して部下を持ちたい、キャリアのためなら転勤もいとわない、よほどのことがなければ残業や休日出勤は当たり前とは限りませんし、コロナ禍以降は男性社員だからといって、スーツにネクタイが必須という発想も随分変化しました。女性社員についても、今ではスカートやパンプスを着用するのが常識という時代ではありませんし、ましてやお茶出しや上司のサポートはもっぱら女性が行うべきという発想はほとんどの人が持たなくなったといえるでしょう。これらは単に時代が変わり社会の常識が変化したというだけでなく、やみくもに過去の慣習を持ち出すことで深刻なハラスメント事案にも発展しかねない時代です。
まずは、「ジェンダー」と聞いたら、必ずしも性的マイノリティをめぐる論点とは限らないという発想をもとに、「男らしさ」「女らしさ」をめぐる労務管理のテーマも重要なのだという認識を持つことから、始めていきたいものです。
(小岩 広宣/社会保険労務士法人ナデック 代表社員)