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2024年7月 4日

小岩広宣社労士の「人材サービスと労務の視点」234・社会保険の適用拡大Q&A集⑤

Q 10月からの社会保険の適用拡大について、所定内賃金が月額8.8万円以上の判断の実務的なポイントについてお教えください。

koiwa24.png 前回に引き続き、社会保険の適用拡大について、厚生労働省の「短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用拡大Q&A集」の内容をみていきます。今回は、「6.所定内賃金が月額8.8万円以上」について触れます。

 10月1日からの社会保険の適用拡大の対象となる「短時間労働者」であることの要件の1つは、「賃金の月額が8.8万円以上であること」ですが、実際の賃金や労働時間の変動や扶養制度との関連などについて、実務上の取り扱いをめぐって疑問を持つ人も少なくなく、筆者が実務講座で登壇する際などにも多くの質問があります。

問37 短時間労働者の厚生年金保険・健康保険の適用については、所定内賃金が月額8.8万円以上であるほかに、年収が106万円以上であるかないかも勘案するのか。

 社会保険の加入をめぐって、しばしば「106万円の壁」といういわれ方がされますが、あくまで「所定内賃金が月額8.8万円以上」を基準として判断され、106万円は、「月額8.8万円×12か月=1,056,000円」という概算の参考値です。また、もう1つの壁である「130万円」については、今回の改正によって変更されることはなく、健康保険の被扶養者の認定の収入要件は変わりません。

問39 所定内賃金が月額8.8万円以上かの算定対象となる賃金には、どのようなものが含まれるのか。

 「月額8.8万円」の対象はあくまで所定内賃金であり、基本給や諸手当が該当するため、以下の①~④までの対象外となります。残業手当などは所定内賃金ではありませんので、たとえ決算期などの繁忙期に残業が増えて一時的8.8万円を超えたとしても適用拡大の対象とはなりません。

①臨時に支払われる賃金(結婚手当等)
②1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与等)
③時間外労働に対して支払われる賃金、休日労働、深夜労働に対して支払われる賃金(割増賃金等)
④最低賃金において算入しないことを定める賃金(精皆勤手当、通勤手当、家族手当)
問40 就業規則や雇用契約書等で定められた所定労働時間が週20時間以上で、かつ所定内賃金が月額8.8万円未満である者が、業務の都合等により恒常的に実際の労働時間が増加し、賃金が月額8.8万円以上となった場合は、どのように取り扱うのか。

 このケースは、前回のコラムで触れた内容と同じ考え方をします。連続する「2か月」に恒常的に実際の労働時間が増加し、賃金が月額8.8万円以上となった場合、引き続き同様の状態が続いたり、続くことが見込まれるときは、その「3か月目」の初日に被保険者の資格を取得します。この場合は、所定内賃金という原則の考え方ではなく、労働時間の延長の対価として支払われる残業手当などを含めて判定することになります。

 適用拡大の要件は、1か月でも8.8万円を超えると対象となるわけではなく、たとえば時給1,000円、週所定労働時間20時間の場合は、

「1,000円×20時間×52週÷12か月=8万6,667円」

となり、月額8.8万円を下回るため対象外ですが、恒久的に毎月数時間の残業が発生し、8.8万円を超える状況が3か月目以降も続く場合には、対象となるという考え方をします。

問42 被保険者資格取得時の標準報酬月額の基礎となる報酬月額と、短時間労働者の被保険者資格の取得要件である所定内賃金が月額8.8万円以上であるかないかを判定する際に算出する額の違いは何か。

 社会保険では、被保険者資格を取得する際に、保険料や給付(傷病手当金や将来の年金額など)の基礎となる報酬月額を設定しますが、この算出にあたっては、労働の対償として経常的かつ実質的に受けるもので被保険者の通常の生計に充てられるすべてのものが含まれます。短時間労働者の被保険者資格の取得にあたっての「所定内賃金が月額8.8万円以上」の要件では、あくまで所定内賃金のみが対象となり、残業手当などの所定外賃金は対象外ですので、まったく考え方が異なります。

 ただし、短時間労働者が適用拡大にともなって新たに被保険者資格を取得する際の報酬月額の算出は、それ以外の被保険者の資格取得時と同様の方法となり、「労働の対償として経常的かつ実質的に受けるもので被保険者の通常の生計に充てられるすべてのもの」が含まれますので、適用拡大の要件につられて両者を混同することがないように十分に注意する必要があります。

問45 短時間労働者として届出を行った場合「所定内賃金が月額8.8万円以上」に該当するかどうかは、各労働者について毎月確認する必要があるのか。また、被保険者資格を取得後に所定内賃金が月額8.8万円未満となった場合は、被保険者資格は喪失するのか。

 労働時間の変動などによって毎月の賃金が変化する場合には、結果として所定内賃金が月額8.8万円未満となるケースも出てきますが、このような点を毎月確認して被保険者資格に該当するかどうかを判断する必要はありません。原則として雇用契約に基づく所定内賃金によって判断するため、雇用契約自体が変更されないかぎり、一時的に所定内賃金が8.8万円未満となったとしても資格を喪失することはありませんが、実態として常態的に8.8万円を下回る状況が続くことが確認できる場合には、そのことを喪失原因として資格喪失届を提出することになります。


(小岩広宣/社会保険労務士法人ナデック 代表社員)

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