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2024年5月23日

小岩広宣社労士の「人材サービスと労務の視点」228・東洋医学と労務管理の予防法務の近似性

Q 企業の労務管理に携わるのにあたって、対処療法が中心の西洋医学的なアプローチに加えて、人間性の本質や自然治癒力を全体から診る東洋医学的な視点も大切だと聞きました。どういう考え方なのでしょうか。

koiwa24.png 労務管理とは、企業における従業員の職場環境を管理する役割のことであり、従業員の労働条件や労働環境、福利厚生などの整備を行う業務全般を指します。経営計画の一環として、人事部や労務部などが労務管理の施策を担うことが多いですが、どちらかというと個別の従業員に起こった出来事に対して対処療法的な対応を講じるというパターンが多いのではないかと思います。例えば、ある従業員が退職の意思を示した場合は、関係部署で退職の手続きや代替要員の確保などの事後対応を相談し合い、また別の従業員がメンタル不調に陥ってしまった場合は、産業医や専門スタッフの助言や助力を得つつ休職も視野に入れた対応を協議するといった具合です。これらの対応が必ずしも誤っているとはいえませんが、現場においてある出来事が起こった事後対応に留まることから、そもそもそうした事態が訪れたことの本質的な原因や要因には容易にアクセスできないという、対処療法の限界は免れないと考えられます。

 分野はまったく異なりますが、医療の世界においては、西洋医学と東洋医学の考え方があります。西洋医学は、不調を訴えている部分について検査して、手術や処置、投薬などで治療する方法、東洋医学は、身体全体の身心の状況をみて詳しい問診などを経て、体質改善につなげる治療方法です。それぞれに特徴があることから、必ずしも良し悪しを論ずることはできませんが、西洋医学は、現実に起こっている身体の症状を抑えるための即効性が期待できる事例が多いのに対して、東洋医学は、心と身体全体をみて体質改善を促すことで予防に力点を置く方法であることから、持続性が期待できるケースが多いといえるでしょう。昨今ではさまざまな診療の現場で東洋医学的なアプローチの重要性が認識されていることから、西洋医学と東洋医学が連携し合った医療が提供されるケースも増えつつありますが、従来の健康保険制度が西洋医学をベースとして構築されていることの影響は否定できないのかもしれません。

西洋医学 東洋医学
投薬や手術で身体の不調を取り除く
症状が出ている部分を診る
治療によって症状を抑える
インプット中心(注射、投薬など)
即効性がある
近代科学をベースとした実験を重視
ミクロ(部分)分析
一症状一薬剤を処方
病気(現象)が主体
不調を起こしている体質自体を改善する
心身全体を診る
自然治癒力をつけて予防する
アウトプット中心(老廃物、毒素など)
持続性がある
自然哲学をベースとした経験を重視
マクロ(全体)分析
体質改善のための全体的な漢方
人(人生)が主体


 視点を戻して労務管理の現場でも、ある意味似たような光景がみられる気がします。現実的な企業の体制として予防法務に力点を置いたきめ細かな対応には限界があるケースが多いのはもとよりですが、集団的な労使関係から個別的な労使関係へと労働関係の構図が変容して久しいこんにち、画一的で事後対応的な対処療法のみに頼らず、"ひとりの労働者"にフォーカスしてライフヒストリーを共有するレベルの心と身体のケアからキャリアを構築していくような試みは、新たな時代の労務管理への可能性を秘めているのかもしれません。西洋医学と東洋医学の対比のモチーフに示唆を得つつ、ふと立ち止まって考える機会も持ちたいものです。


(小岩 広宣/社会保険労務士法人ナデック 代表社員)

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