Q 社会保険をめぐる「年収の壁」問題への対応が注目を浴びていますが、具体的にはどのような点が変わるのでしょうか。
A 社会保険をめぐるいわゆる「年収の壁」については、「130万円の壁」や「106万円の壁」によって、パートタイム労働者が一定の収入を超えてしまうと、保険料が発生することでかえって手取りが少なくなってしまう"逆転現象"が起こってしまうことから、以前からさまざまな場面で問題視され、今年の国会でも議論を呼んでいました。9月25日に岸田首相が記者会見で、「130万円の壁」については、被用者保険の適用拡大を推進するとともに、次期年金制度改革を社会保障審議会で検討中ですが、まずは「106万円の壁」を乗り越えるための支援策を強力に講じてまいります」と表明し、具体的な「支援強化パッケージ」の方向性が打ち出されました。
「106万円の壁」は、従業員100人超えの企業に週20時間以上で勤務する場合が該当し、社会保険の適用対象となることで、厚生年金・健康保険に加入することになります。この場合は新たに社会保険料の負担が発生しますが、本人が第2号被保険者になることで、将来受け取れる年金額が増加することになります。社会保険料は労使折半の負担となりますので、ケースバイエースとはいえ、本人が全額負担する国民年金・国民健康保険よりは負担感が小さくなるケースがあります。
「130万円の壁」では、上記以外の企業に勤務する場合が該当し、この場合は130万円を超えると、国民年金・国民健康保険に加入することになります。保険料は全額負担となるため、相応の負担感をともなうことになりますが、将来受け取れる年金額は変わらないため(国民年金の第3号被保険者が第1号被保険者に切り替わるだけ)、典型的な"逆転現象"が起こることになります。さらには、一定の要件を満たすことで振替加算が支給されるケースもあることから、今の時代にそぐわないという批判の声も少なくありません。
「106万円の壁」への対応は、キャリアアップ助成金と社会保険適用促進手当を新設することで、労働者の負担分を補填することで取り組むことが想定されています。「130万円の壁」への対応は、130万円の被扶養者認定基準について、一時的な収入変動による場合との事業主証明を行うことで、被扶養者から除外されることを見送る方法が採用される見通しです。いずれも具体的な労働者を取り巻く状況と講じられる措置がまったく異なるため、しっかり整理をして実務対応をしていく必要があるといえるでしょう。
あわせて、事実上、「年収の壁」から外れることを躊躇する理由となっている企業の配偶者手当の見直しや改廃について、手順の例をフローチャートで示したり、行政が主催するセミナーなどで啓蒙したり、中小企業団体などを通じて周知するなどして、問題喚起を促していくことが計画されています。配偶者手当についてはすでに時代の潮流を見据えた見通しも示されていますが、一方的な廃止については不利益変更となる可能性があることから、現実的には柔軟かつ段階的な移行が求められるテーマだといえるでしょう。
(小岩 広宣/社会保険労務士法人ナデック 代表社員)