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2023年9月19日

【ブック&コラム】「無言館」を訪ねて

 この夏、長野県上田市にある戦没画学生慰霊美術館「無言館」を訪ねた。1997年の開館直後に訪ねて以来だから、かなりの年月が過ぎていた。館につながる石畳の道は整備され、周囲の樹木もかなり高く、「森の美術館」と呼ぶにふさわしいたたずまいだった。

c230919.JPG ここには100人以上の遺作600点余が展示されており、人によっては作品だけでなく戦地からの手紙や写真なども添えてある。遺族の方々が大切に保管していたものを、窪島誠一郎館主や故野見山暁次氏が収集し、我々の目に触れられる展示場を作った。一人一人の作品が"無言"で語りかけて来る力に圧倒され、私も"無言"のまま館を出た。

 戦没学生の手記を集めた「きけ わだつみのこえ」もそうだが、戦争によって将来の夢を絶たれた学生たちの無念を、現代の我々がどこまで実感できるかとなると、かなり心もとない。が、「時代のめぐり合わせ」と簡単に割り切れるものでないことだけは確かだ。つい先日も、長老政治家が「戦う覚悟」を口にして物議をかもしたが、「戦わない覚悟」こそアピールすべきではなかったか。

 無言館は西側の独鈷山(とっこさん)を見上げる山懐にある。本館の信濃デッサン館や前山寺など鎌倉期の寺院が点在し、東の眼下に塩田平を展望できる癒しの地。戦没画学生たちも、まさか自分の作品がこんな場所に集められるとは、想像もできなかっただろう。作品と一緒に、魂もこの地でひと時の安息を。(俊)

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