Q 厚生労働省のモデル就業規則が改訂されたと聞きましたが、どんな点が変更されたのでしょうか。
A 厚生労働省では、就業規則の規定例や解説をまとめた「モデル就業規則」を公表しており、定期的に改訂が行われていますが、先日、「モデル就業規則(令和5年7月版)」が公表されました。今回の主な改訂事項は、退職金の支給の規定(改訂後の第54条第1項)の見直しです。
(退職金の支給)
第54条 勤続○年以上の労働者が退職し又は解雇されたときは、この章に定めるところにより退職金を支給する。ただし、自己都合による退職者で、勤続○年未満の者には退職金を支給しない。また、懲戒解雇された者には、退職金の全部又は一部を支給しないことがある。
【改訂後】
(退職金の支給)
第54条 労働者が退職し又は解雇されたときは、この章に定めるところにより退職金を支給する。ただし、懲戒解雇された者には、退職金の全部又は一部を支給しないことがある。
改訂前の「勤続〇年以上の」、「自己都合による退職者で、勤続〇年未満の者には退職金を支給しない。また、」の部分が削除されています。内容的には、退職金の支給のルールを緩和し、自己都合退職者や一定の勤続年数に至らない者にも退職金支給の対象とする方向での改訂となります。この流れは、国の骨太の方針2023で掲げられた方針などの影響を受けており、骨太の方針2023では、「自己都合退職の場合の退職金の減額といった労働慣行の見直しに向けた『モデル就業規則』の改正や退職所得課税制度の見直しを行う」といった方針が示されています。骨太の方針2023(経済財政運営と改革の基本方針2023について)では、以下の記述があります。
6月18日閣議決定を受けてのモデル就業規則の改訂ですから、随分スピードが速い印象がありますが、成長分野への労働移動の円滑化を図る施策を推進するという政府の前向きで力強いメッセージを感じることができます。上記は退職金制度の変更にとどまらず、雇用保険法や所得税法などの改正が必要な内容も含まれていますが、これらの点は今後の議論の方向性に注目していきたいものです。いずれにしても、「労働移動の円滑化」という方向性については、大きな理念や将来的な目標という枠組みを超えて、具体的な企業の人事労務施策面にも波及・影響するテーマになりつつあるといえるでしょう。
「モデル就業規則」はあくまで就業規則作成・変更にあたっての参考事例であり、このひな型に従って就業規則を改定しなければならないわけではありませんが、厚労省の「モデル就業規則」にはそのときどきの時代を踏まえた行政の考え方や方針などが反映されることが多いといえ、今後の制度改正や変更の参考にしていくことが求められるといえます。いっきに勤続年数の要件を変更したり、自己都合退職の取り扱いを撤廃したりすることには慎重な意見もあり得ますが、多様化する時代の幅広い価値観に目配せしつつ、時流を反映した建設的な議論を重ねていきたいものです。
(小岩 広宣/社会保険労務士法人ナデック 代表社員)