Q LGBT理解推進法が国会で成立し、さまざまなところで話題になっています。これからの実務への影響はどんなものが考えられますか。
A LGBT理解推進法(性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律)が6月12日に参議院で可決成立し、6月23日に施行されました。メディアなどでもかなり注目度が高いといえ、国論を二分するような状況になっていますが、企業の労務管理といった視点からはどのような影響が想定されるでしょうか。具体的な内容については今後定められる政省令に依る部分が大きいと思いますが、現段階で条文から読み取れる部分をご紹介したいと思います。
LGBT法と通称される法律には、理解増進法と差別禁止法があります。今回与党修正案として成立した法律は理解増進法であり、野党(立憲・社民・共産)提出の差別禁止法(案)とは異なります。理解増進法は理念法とも呼ばれ、国が基本理念を掲げて学術研究や学校教育などを啓蒙・推進していくことに主眼が置かれており、国民に対して性的少数者の差別を禁止する強制力をともなうものではありません。
差別をしたら罰則が適用されるとか、事業主がLGBT教育を実施しなくてはならない義務を負うといった法律ではないため、事業所への具体的な影響は限定的だと考えられます。「ジェンダーアイデンティティ」は意味としては与党原案の「性同一性」や野党案の「性自認」と同じとされますが、そもそも「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性」はLGBTQに限定されたものではなく、広く国民全体の多様性が想定されているため、この点も現場への影響はそれほど大きくはないと考えられます。
第3条がこの法律の中心的な条文ですが、野党案にあった「差別は許されない」といった表現ではなく、「不当な差別はあってはならない」という文言になっているため、あくまで「等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるものであるとの理念」=憲法14条(「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」)の理念を再確認する内容となっています。
この点は、「全ての国民が」「相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に資する」という表現からも垣間見ることができるでしょう。末尾の「~社会の実現に資することを旨として行われなければならない」の主語は「国民の理解の増進に関する施策」(を講じる国や地方公共団体)であり、性的少数者個人(当事者)ではないことから、しばしば言われるようにこの法律を根拠に訴訟を提起するような直接の裁判規範にはならないことは明確だと考えられます。事業主に関する条文については、次回のコラムで取り上げます。
(小岩 広宣/社会保険労務士法人ナデック 代表社員)