Q LGBT理解推進法では、事業主に対してどのようなことが課されているのでしょうか。
A 前回のコラムではLGBT理解推進法(性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律)の概要について触れましたが、今回は事業主について書かれた条文について見てみることにします。
事業主の努力義務として、国が掲げる基本理念にしたがって、普及啓発や就業環境の整備、相談の機会の確保などに努めること、国や地方公共団体が実施する施策に協力するよう努めることが規定されています。あくまで努力義務であることに加えて、「普及啓発、就業環境の整備、相談の機会の確保等」は今後政省令で明らかにされることになるため、現段階では具体的な内容は不明です。
ただし、理念法における努力義務であることからすれば、具体的な条件や程度を示して事業所に課することは考えにくいといえ、具体的に事業所に一定の研修を実施することを求めるような規定ではないといえます。性的少数者における議論はしばしば障害者雇用の例と対比されることがありますが、障害者差別解消法において、「事業者は、その事業を行うに当たり、障害を理由として障害者でない者と不当な差別的取扱いをすることにより、障害者の権利利益を侵害してはならない」(8条)とされているような強行規定とはまったく性格を異にするものだといえるでしょう。
6条に続いて、事業所の努力義務をうたった条文です。「情報の提供、研修の実施、普及啓発、就業環境に関する相談体制の整備その他の必要な措置」とあり、普及啓発や相談体制の整備は6条の内容と重複しています。情報の提供や研修の実施についても、事業所に求められる趣旨は同じであり、基本的には自主的な判断と責任における実施が期待されると考えられるでしょう。
この点について、バランス感覚を逸した情報提供や行き過ぎた普及啓発を危惧する声もありますが、12条(措置の実施等に当たっての留意)で、「この法律に定める措置の実施等に当たっては、性的指向又はジェンダーアイデンティティにかかわらず、全ての国民が安心して生活することができることとなるよう、留意するものとする」とされていることから、法律全体の趣旨としては、性的少数者だけではなく、すべての国民にとって「寛容な社会の実現」を目指した内容だと理解することができます。
具体的には今後の政省令の整備を待つ必要がありますが、事業所における労務管理という視点から、根本的な対応変更などを迫られるような展開にはならないと考えられるでしょう。とはいえ、ダイバシティ&インクルージョン推進が求められる時流の中で、今回の法律が施行されたことにより権利意識が高まり、時代の機運に影響することも現実だと思われるため、必要な普及啓発や管理者教育などを踏まえて、従来以上に多様な人材活用に目配せしたきめ細かな労務管理に留意していく必要があるといえるでしょう。
(小岩 広宣/社会保険労務士法人ナデック 代表社員)