Q 薄っすらと化粧をして出社する男性社員がおり、職場の秩序を乱すのではと困惑しています。どのように対応すべきでしょうか。
A 現在においても、社会生活を送る上で男性と女性とではそれぞれ求められる役割が異なり、それに従って服装や規律が異なることが一般的な社会通念としてある程度共有されています。したがって平均的な日本人の価値観に照らせば、化粧をして勤務をするのは女性に求められた習慣であり、男性が化粧を施すことは特殊なケースを除いては周囲に違和感を与える可能性が高いといえます。多くの会社では就業規則や服務規程において男女別のドレスコードを定め、男性には職場にふさわしい清潔な服装を求め、女性にはいわゆるナチュラルメイクを施すことを求めることには、一定の合理性があるといえるでしょう。
一方で、昨今はダイバーシティ&インクルージョンの必要性が叫ばれ、企業の現場においても古典的なジェンダー規範に必要以上に縛られることの弊害が問われつつあります。国際的にもMe Too運動の広がりが職場におけるドレスコードのあり方にも影響を与え、いわゆるパンプス論争においては航空会社をはじめとする大手企業が女性社員に対するパンプス着用ルールを改廃する動きがみられました。化粧についての社会的な動向にも変化がみられ、最近では男性向け化粧品が続々と開発されて広告宣伝され、デパートやドラッグストアなどの化粧品売場にも若者を中心とする男性が足を運ぶ時代になりつつあることからすると、一概に男性の化粧は非常識ともいえないご時世だといえます。
男性の勤務中の服装、とりわけ化粧が正面から争われた事例は多くはありませんが、医師から性同一性障害との診断を受けた労働者が女性の身なりで就業することの可否が争われた淀川交通事件(令2・7・20、大坂地裁決定)では、性自認が女性である労働者が女性労働者と同じように化粧を施して勤務することを認める必要があるとし、そのことを理由に会社が労働者の就労を拒否することはできないとして、会社の指示による休業期間中の賃金支払いが命じられています。性的マイノリティーをめぐる事件ではありますが、「今日の社会において、乗客の多くが、性同一性障害を抱える者に対して不寛容であるとは限らず、債務者(会社)が性の多様性を尊重しようとする姿勢を取った場合に、その結果として、乗客から苦情が多く寄せられ、乗客が減少し、経済的損失などの不利益を被るとも限らない」と裁判所が判断しているところは昨今の社会規範のひとつの表れとして参考になります。
職場での身だしなみについては、男性労働者の髭や長髪について争われた例もあります。裁判所は、髪を切ることや髭を剃ることが業務を遂行する上で求められる必要性やそのような取り扱いの内容の合理的をもとに判断していますが、いずれも長髪や髭は見苦しいものではなく、処分などは無効と判断されています(昭55・12・15、東京地裁、イースタンエアポートモータース事件)(平22・10・27、大阪高裁、郵便事業事件)(令元・9・6、大阪高裁、旧大阪市交通局事件)。平均的な男性が女性のような化粧を施すならともかく、眉を整えたり、血色を良く見せるためにケアをする程度であれば、会社が一方的に規律違反に問うことは難しいといえるでしょう。職場秩序の維持と多様性の尊重とのバランス感覚を持って、これからの時代を見据えていきたいものです。
(小岩 広宣/社会保険労務士法人ナデック 代表社員)