Q 新たな採用をするにあたって、求人広告で掲載した内容と異なる内容で雇用契約を締結しようと考えていますが、問題がありますか。
A 求人者が求人票や求人広告などを出す場合は「労働者が従事すべき業務の内容及び賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない」(職業安定法5条の3)とされ、必要な事項を明示しない場合は行政指導を受けたり、業界団体のガイドライン違反に問われることになります。雇用契約は「契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する」(民法522条)とされ、求人広告は申し込みの誘因と理解されてきたため、求人広告に記載された労働条件が必ずしもそのまま雇用契約の内容になるとは限らないという理解が一般的でした。
労働基準法では「使用者は労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない」(15条1項)とされ、「前項の規定によって明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる」(同2項)ため、求人広告と実際の労働条件との間に不一致があったとしてもただちに違法とは理解されず、契約内容が履行されていないのであれば賃金の全額を請求できるため(24条)、基本的に労働者の権利は保護されているというのが労働法の考え方でした。
求人票記載の効力をめぐって争われた例でも、「求人票に記載された基本給額は『見込額』であり、(中略)最低限の支給を保障したわけではなく、将来入社時までに確保されることが予定された目標としての額であると解するべきである」(昭58・12・19、東京高裁、八重洲測量事件)とされ、誇大広告や単に経費削減を目的とした賃金引き下げなどでない以上は、事前に十分な説明を行うことで求人票と異なる労働条件で雇用契約を締結することは認められるとされています。
ところが、平成以降はこのような裁判例の考え方にも変化がみられます。退職金の有無などをめぐって争われた例では、「求人票記載の労働条件は、当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなどの特段の事情がない限り、雇用契約の内容になるものと解すべきである」(平10・10・30、大阪地裁、丸一商店事件)とされ、定年制の有無などをめぐって争われた例でも、「求人票は、求人者が労働条件を明示した上で求職者の雇用契約締結の申し込みを誘引するもので、求職者は、当然に求人票記載の労働条件が雇用契約の内容となることを前提に雇用契約締結の申し込みをするのであるから、求人票記載の労働条件は、当事者においてこれと異なる別段の合意をするなどの特段の事情のない限り、雇用契約の内容となると解するのが相当である」(平29・3・30、京都地裁、福祉事業者A宛事件)とされています。
現在においては、求人票や求人広告の記載内容は、労働者と使用者の間でそれとは労働条件が異なるという明確な合意が事前に行われる(「別段の合意」)などの事情がない限り、雇用契約の内容となるという考え方が一般的だといえます。この場合の「別段の合意」とは、面接時に会社側が口頭で「まだ決まっていない」などと曖昧に述べたり、十分な事前説明や手続きを経ずに労働者に一方的に署名押印を求めただけでは、労働者の自由な意思に基づく合意とは認められず、労働条件の変更が有効に成立するとはいえない可能性があるため注意したいものです。
(小岩 広宣/社会保険労務士法人ナデック 代表社員)