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2021年2月23日

【ブック&コラム】「史実」を残せるか

 先日、ショッピングセンター内にある書店をのぞいたら、「歴史探偵」こと半藤一利さんの追悼コーナーがまだあった。「まだ」というのは、この種のコーナーは通常、1カ月もすれば次の話題作コーナーに交代するため。半藤さんが亡くなったのは1月12日だから、もう1カ月以上になる。しかも、並んでいる書籍は当初より増えている。一般的には「硬派」の内容だから、このロングランは異例と言っていい。

c210223.jpg 半藤さんの作品は戦争をはさむ昭和史の歴史的意味を問い続けたものが多く、「日本のいちばん長い日」あたりはその代表作であろう。研究者の学術書と異なり、徹底した取材とわかりやすい文体というジャーナリストらしい作品になっているのも人気の理由ではないか。

 裏を返せば、あの戦争を振り返る時、事実を客観的に記録した文書がほとんど残っていないことに気付く。いよいよ「負け戦」となった時、当時の軍部や政府は重要書類を焼却し、戦犯探しを逃れるため、生き残った多くの指導者は口を閉じた。世の中が落ち着き、当事者からポツポツと証言が出てくるのは、戦後10年を過ぎた昭和30年代になってから。それも、自分に都合の悪い事実を隠す「武勇伝」も少なくなかった。半藤さんの作品が信頼されるのは、厳しい取材活動を通じてウソ偽りのない事実を世に出した点にある。

 しかし、国の指導層がそれを反省しているかどうかとなると実に心もとない。国有地を学校経営者に超特価で払い下げた財務省の文書改ざん事件だけみても、都合の悪い事実を隠す政府の悪癖は今も"健在"だからだ。まして、今回の新型コロナ対策をきちんと記録に残せるかどうか。いつ、だれが、どんな決定をし、どんな結果を生んだか。後世に向けた貴重な資料になることは間違いないが、歴史の検証に耐えられる内容でないと、「いつか来た道」になる。もっとも、当面、それどころではないか。(本)

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