世界史は一つの有機体の運動過程
著者・北川 稔
ちくま学芸文庫、定価1100円+税
本書は2001年3月に『改訂版 ヨーロッパと近代世界』と題して発刊された放送大学テキストの改題・改訂版である。著者はイギリス近世・近代史の専門家だが、近年は日本における「世界システム論」の第一人者として注目されている。
「世界システム論」とはアメリカの歴史家、イマニュエル・ウォーラーステインらが主張している「世界を一つの巨大な生き物のように考え、世界史をそうした有機体の展開過程としてとらえる見方」である。
最近は「世界史ブーム」と言っていいほど、世界史に関する本が多数出版されているが、各国史の寄せ集めだったり、「西洋史」に「東洋史」を挿入しただけのものだったり、「○○に役立つ世界史」と称して雑学的知識を増やすだけだったりする著書が多い。
本書はイギリスを中核とした「近代世界」の発生・展開過程を最新の研究成果も取り入れながら解説している。例えば「イギリスの産業革命は一言でいえば、黒人奴隷貿易による巨額の利潤を財源にして達成された」(トリニダード・トバゴの初代首相、ウイリアムズの主張)。イギリス社会で「午後の紅茶」を楽しむ習慣は、中南米の奴隷を使ったプランテーションで生産された砂糖が大量かつ安価に輸入されることになったためである、などだ。
本書は政治・経済だけでなく、社会の変化も含めて、近代システムがなぜ西ヨーロッパを中核にして成立したかを分かりやすく解説している。しかし、アメリカが「中核国家」となった20世紀後半以降の世界システムが、米国のヘゲモニーの衰退過程で変質していることを指摘してはいるものの、今後、どうなっていくのかまでは示していない点に不満が残る。それでも、今後の世界システムを展望するための、まさに「基本テキスト」であることは間違いない。 (酒)