「ソ連・ロシア派外交官」OBの丸ごとロシア解説書
著者・河東 哲夫
イースト新書、定価972円+税
著者は1970年に外務省入省後、モスクワ大学留学などでロシア語を身に着け、ロシア大使館公使、ウズベキスタン・タジキスタン大使など歴任した外務省の「ソ連・ロシア派」を代表する外交官。同時に、ロシア語で、ソ連の崩壊過程を背景とする長編小説『遥かなる大地』〈ペンネーム;熊野洋〉を執筆・出版するなど、日本人としては稀有の才人である。
外務省を定年退職した後は、日英中露の4カ国語で読める人気サイト「Japan World Trends」やメールマガジン「文明の万華鏡」を主宰しながら、内外の大学に招かれて講義するなど、多彩な活動は展開中だ。
その著者が、専門の政治・外交だけではなく、様々な側面から解説しているのが本書である。具体的には「面貌」(第1章)、歴史―「栄光と悲惨」(第2章)、経済―「停滞と格差の構造」(第3章)、人々―「欲望と渇望のシンフォニー」(第4章)、政治―「収まらないものをどうやって治めるか」(第5章)、外交―「その無力、その底力」(第6章)、日ロ関係―「すれ違いの200年」(第7章)という構成だが、類書には見られない指摘が随所にある。例えば、「ショスタコービッチの音楽の中には、スターリンの文化への干渉に対する反発が暗号のようにはめ込まれている」といったくだりで、第7章だけでも一読の価値がある。
ただ一つ不満な点は、著者と同じ時期に外務省に在籍していた「ソ連・ロシア派」の佐藤優氏や“ロシア派議員”だった鈴木宗男氏らの功罪といった、外務省内部の問題、課題、失敗については一切触れてない、ということである。これは、外務省出身の著者にはないものねだりかも知れないが、日ロ関係が「すれ違い」を招くことになった点に対しては外務省にも責任があったのではないか、と言いたくなる。ただ、本書が日ロ関係の今後を考える上での必読書である点は間違いなかろう。 (酒)