資本主義後の「定常型社会」という新しい価値観を提唱
著者・広井 良典
岩波新書、定価820円+税
著者は大学で「科学史・科学哲学」を専攻し、旧厚生省勤務を経て千葉大教授となり、『定常型社会』(岩波新書)を書いて、いち早く「定常型社会」を提唱したポスト資本主義論者である。
著者によれば、資本主義というシステムが不断の「拡大・成長」を不可避の前提とするものとすれば、「ポスト資本主義」は、何らかの意味で資本主義とは異質な原理や価値を内包する社会像を要請することになり、「定常型社会=持続可能な福祉社会」を提唱する。
著者によれば、人間の歴史は大きく「拡大・成長」と「定常化」と言うサイクルをたどっているが、「ポスト資本主義の時代」は、「狩猟採集段階における定常化の時代」「農耕文明の定常化の時代」に続く「第三の定常化の時代」であり、現在はその移行期だと言う。
その上で、「第二の定常化の時代」にキリスト教・仏教・イスラム教・儒教などの「普遍宗教」が新しい価値観として登場したように、「第三の定常化の時代」に求められる新しい価値観として「地球倫理」を提唱する。これは「地球上の各地域における思想や宗教、あるいは自然観、世界観等々の多様性に積極的な関心を向け、しかもそうした多様性をただ網羅的に並列するだけではなく、そのような異なる観念や世界観が生成したその背景や環境までを含めて理解しょうとする思考の枠組みだ」とされる。
さらに著者は「地球倫理」が登場する第1のポイントは、キリスト教対イスラム教の対立のように、「普遍宗教同士が互いにそのままの形で共存するのは困難であるため、これを乗り超えるための『新しい価値観』として、『地球的公共性』という側面が要請されるからであり、第2のポイントは「地球上の各地域に存在する『アニミズム』とも呼びうるような、最も原初的な自然信仰との関わりが要請されるからである」と言う。
著者が自然環境の制約の下での「拡大・成長」の限界や、キリスト教対イスラム教の対立の克服方法を強く意識していることは伝わってくるが、「価値増殖〈成長〉を根底的原理」とする資本主義の原理をどのように超克していくか、という肝心な点について一切言及していない点は物足りない。(酒)